日記:辞書(アプリ)買ったし引き比べてみる

今、辞書アプリのセールをやっていまして、三省堂国語辞典(第7版)と新明解国語辞典(第7版)のアプリを買ってみました。

note.com

日頃、辞書好きの方の記事やYoutubeの動画などは拝見していたのですが、実際には国語辞書を持たず必要があっても図書館で引く程度の、いわば辞書エアプだったのですが、これから辞書初心者を目指して頑張っていきたいです。

今回私は2冊*1辞書を買ったのですが、これは引き比べをするためです。

下にリンクを貼った動画では、「パイナップル」について様々な辞書の語釈を比べています。それぞれの辞書で、意外と個性があって、パイナップルひとつを説明するのでも、切り口の違いがあるんだなぁということが見て取れます。

www.youtube.com

 

そんな訳で、引き比べやっていく訳ですが、今回は動詞を中心に見ていきたいと思います。

なお、辞書に詳しい方の記事や動画だと、辞書に突っ込んだりすることもあるのですが、私は辞書エアプなのでと辞書に突っ込むほどの知識量を持ち合わせておりません。どちらかというとだいたい褒めるような内容になっているので、ご注意ください。

 

 

くべる

まずは、くべるです。私がいちばん好きな動詞です。言わば推しの動詞です。

子供のころ薪ストーブにひたすら薪をくべるのが好きだったというのもあるのですが、そんな場面にしか使わない言葉が、複合語でもサ変動詞でもない、単純語として存在するっていうのが面白いと思います。まぁ、現代でものを「くべる」機会が少ないだけで、少し時間を遡れば暖を取るために「くべる」ことは必要不可欠な行為であり、かつ生活にねざした言葉なので、それほど不思議なことではないのですが。

さっそく「くべる」の語釈を見ていきます。上にリンクを貼った物書堂の辞書アプリの紹介記事では、三省堂国語辞典あっさり風味新明解国語辞典こってり風味と書いていたのですが、「くべる」の項目だけ見ても、その様子が見て取れました。

まずは、三省堂国語辞典

く・べる(他下一)

燃えるものを〕火の中に入れる。

「まきを―」 (三省堂国語辞典 下線は筆者による)

三省堂国語辞典は平易な言葉で、ずばり必要不可欠な情報だけが載っています。この説明の良いところは、〔燃えるものを〕という一言で、「火の中に入れる」といっても、例えば(燃えないであろう)指輪を火の中に投げ込んだりする行為は「くべる」に入らないということを暗に示しているところです。

 続いて、新明解国語辞典

く・べる

(他下一)

火力を強くするように、すぐ燃えるものを火の中に入れ足す。

「石炭(薪)を—」 (新明解国語辞典 下線は筆者による)

比べるとわかりやすいですが、火力を強くするようにとくべることの目的を示しているところが三省堂国語辞典との違いです。すぐ燃える入れ足す、という表現も火を継続的に燃やし続けるという「くべる」に伴う動作についてわかりやすい説明になっているかと思います。

また、直観的な話ですが、燃えるものといっても、遺体札束を火の中に入れる行為は、あまりくべるとは言えないように感じます。それはモノを燃やすことそのものが目的であって、火力の維持が目的ではないからです。

(逆に言えば、火力を維持したり強くしたりするためにあえて札束を火の中に入れる状況があれば、それは「くべる」と言って差し支えないでしょう)

それを考えると、新明解国語辞典の説明の方が、「くべる」のカバーする範囲を十全にカバーできている印象を受けます。もちろん、簡潔な説明でありながら「くべる」の指定する範囲を暗に示すことができている点で、三省堂国語辞典の語釈が悪いわけではないのですが。

 

しずむ

さて、「くべる」では新明解の方の語釈が(個人的には)好みだったわけですが、次は三省堂の方が好みだった語釈を紹介します。それは、しずむです。

なんかこう、前振りにするみたいで申し訳ないですが、今回は先に新明解国語辞典の語釈を見ていきます。

なお、今回は「落ち込む」に近い感情をあらわすような「しずむ」はいったん置いておいて、モノの移動などを示す意味のみ比べてみます。

しず・む【沈む】

(自五)(「しず」は、下の意味)

㊀<(どこカラどこニ―)>水面に浮かんでいた(浮く力を失った)ものが、底の方に向かって移動する(して水底につく)。〔広義では、水準となる面から下の方へ動いて、見えなくなることを指す〕

「沖合で漁船が—」

「太陽(月)が—」

「ボクサーがマットに—〔=打ち倒されたままになる〕」

⇔浮く

(後略) (新明解国語辞典

「しずむ」はある程度基本的な意味の言葉で説明が難しいと思うのですが、確かに「しずむ」があらわす有様について説明されているように思います。

 一方、三省堂国語辞典はこう。

しず・む[沈む]シヅム(自五)

①水の表面からかくれて下のほうへ動く。

②水の底に着く。(⇔浮く・浮かぶ)

③〔太陽・月などが〕地平線などにかくれる

(後略) (三省堂国語辞典 下線は筆者による)

下線を引いたかくれてがとてもわかりやすく、簡潔な説明になっている印象があります。実際にものが沈むとき、必ず隠れている必要があるかと言えば、必ずしもそうではないかもしれません(水が透明で、視認が可能な形であっても、水中深くにモノが落ちていけば「しずむ」とは言えそうです)。その点では、新明解の方が厳密ではあるのかもしれません。

おそらく「地平線に太陽がしずむ」という意味をカバーするために、新明解には「広義では、水準となる面から下の方へ動いて、見えなくなることを指す」という一文もあり、この「見えなくなる」は「かくれる」と同じことを言っている訳で、「かくれる」に相当する言葉もちゃんと掲載されている訳です。

しかしながら、「しずむ」があらわす出来事の様子として、典型的なものとして「かくれる」 をあてているセンスに脱帽します。「かくれて」という一言は、「しずむ」という言葉が、移動の中でも、水面という境界をまたぐ移動という意味を持っていることを端的にまとめた一言なのではないかと思います。

これほど平易で短い文の中で的確に「しずむ」を言い表す様子に私は感動すら覚えてしまいました。

うまくこの感動を言い表せているかわからないのですが、かくれてというたった一言で私の中のしずむ観が覆されたといっても過言ではありません。

(「覆された」とまで言うと、もともと思っていた意味が違うとかそういうニュアンスが出てしまいそうなので、実際には過言です)

 

かきしるす

さて、「くべる」については新明解、「しずむ」については三省堂の語釈が好みだと書いたのですが、引き比べは別段優劣をつけるためのものではありません。

最後に紹介する動詞は、複合動詞かきしるすです。これは、「書く」と「記す」という2つの動詞の複合語なのですが、実際「書く」と「書き記す」の何がどう違うのか説明しろと言われると、私は答えに詰まります。

どうせ書いて、記すとか書いてあるんだろう、と思う方もいらっしゃるかもしれません。そんなことはないのです。三省堂も新明解も、それぞれに「かきしるす」についてそれぞれの辞書なりの考えを提示しています。

まずは、三省堂国語辞典

かきしるす[書き記す](他五)

文字や文章を<書く/書いておく>。

三省堂国語辞典 下線部は筆者による)

続いて、新明解国語辞典

かきしるす【書き記す】

(他五)

「書く」意の改まった表現。

新明解国語辞典 下線部は筆者による)

 まったく違う語釈であることは、ぱっと見ればわかると思います。

まず三省堂

一見、「文字や文章を書く」ってそりゃ「書く」の意味そのまんまじゃないですかって感じですが、下線を引いたておくが注目に値します。

「ておく」は準備であったり事前にやっておくといった意味合いを示しています。例えば、「じゃがいもを買っておいた」と言えば、それは何らかの料理(カレーとか肉じゃがとか)をつくるためにじゃがいもを買ったという意味合いが出てくるわけです。

すると、「かきしるす」の語釈として「書いておく」が併記されているのは、誰かに読まれることを意識して書くことといった意味合いを示しているのではないかと思われます。(これは私の直観には割と合う語釈でした)

とはいえ、明確に誰かのために残すというほどの意味を明示はしていません。かきのこすの語釈を見ると、「書いて、あとの人のために残す」と書かれていますから、そこまでは言わない程度に留めてあるようです。ここで「書いておく」としているのは、あくまで読まれることを意識して書くものの、明確に誰かのために書いて残すというのも言い過ぎといった微妙な意味合いを捉えるためなのではないかと思います。

<書く/書いておく>という併記の形を取っている点もポイントで、「書く」とほぼ同じような意味としておきながらも、そこから一歩踏み出た意味合いも持っているという微妙なニュアンスを扱おうとする意図が見て取れます。

つづいて新明解。

これはこれで大胆というか、なんというか。

新明解は、「書く」との意味的な差異は述べず、スタイルが異なる(≒改まった)表現として「かきしるす」を位置付けています。

これもこれで面白いというか、確かに「書き記す」なんて言葉を使うときは、改まった場面が多そうな印象は受けます。歴史について語るときとか使いそうです。

実例をつぶさに見た訳でもないので、これらの語釈が実態を的確に示しているかはわからないのですが、同じ「かきしるす」でも三省堂国語辞典新明解国語辞典でまったく異なった確度から切り込んでいるのは面白いです。

まさしく辞書を2つ買った甲斐があったというものです。

 

そんなこんなで今回は動詞3つ「くべる」「しずむ」「かきしるす」の引き比べをやってみました。日頃目にしている言葉でも説明しようと思うと意外と難しいものですし、そんな言葉を辞書で引いてみると意外な観点が見つけられて面白いかもしれません。

本当は他にも色々な言葉について引き比べてみたのですが、今回はこの辺で。

みんなも辞書アプリを買いましょう。

*1:アプリ版を2冊と言うのはどうなんだろうか?