日記:「本と鍵の季節」
言いたいことだけを言うのは難しい。言いたくないことまで伝わってしまう。言いたいことの方は、たいてい歪んでしまうのに。
米澤穂信『本と鍵の季節』p.208
久々に小説を読んだ気がします。
誰も来ない図書室で仕事をする、図書委員会の男子生徒ふたりと、彼らをめぐる日常の謎。米澤穂信お得意の、と言ってもいいような題材の短編集です。
個人的な感想としては、主役ふたり、堀川と松倉がお互いにお互いをいさめるシーンがちょくちょくあった、という印象を受けていて、友達という範囲において言えることと言えないこと、踏み込めることと踏み込めないこと、そういうものの話でもあるのかなと思いました。
日常の謎、と書きましたが、よくよく考えるとあんまり日常の謎とは言えないかもしれない。日常の謎と言うにはちょっと重い。まぁ日常の謎って、割と軽犯罪が関わる話とかも多いんですが……。
ミステリとして好きなエピソードは「ない本」。やはり本を読んでいると本に愛着がわくので、本に関する謎はわくわくします。まぁkindleで読んだけど。
以下ネタバレあり感想。
913
しょっぱなから重い話。
個人的に、男の人が男の人の淡い恋心や憧れにトドメをさす話がすきなので、よかった。
フィクションにおいて女性が描かれるときの力学というか、男性の語り部によって女性がその物語の華、あるいはヒロイン、あるいはなんらか特別なものとして書き換えられてしまうというか、そういうまなざしみたいなものがあるなぁと最近思っていて、(もちろんそういうまなざしを利用する人もいるのだろうけど)、そういうことを思っているときにこういう話を読めたことに縁を感じる。よかったのか悪かったのかはわからないけど。
「犯罪に巻き込まれた」という話とも言えなくて、堀川と松倉は騙されたけど、罪に問われるようなことかはわからないというあたりが絶妙な塩梅だと思う。
金曜日に彼は何をしたのか
謎を解き明かすということは、調べるということは、もともと解き明かしたかった謎とは別の何かを明らかにしてしまうことがある、という話でもある。
米澤穂信作品にはたまにあるパターンの話しだけど、「後味の悪い結末だった」と一言で言えるような話でもないのが「本と鍵の季節」という作品の深みだろうか。
最後に松倉が邪推をしてみせるけど、植田は明らかに別の真相に戸惑っている。これが絶妙で、それは「後味が悪い、趣味が悪い、いやな話でした」ということでもなくて、戸惑いとしか言いようがない。
ない本
タイトルがネタバレじゃん。
さっき「後味が悪い」で終わらないという話をしたけど、この話は後味が悪い。
堀川と松倉の在り方の違いが明確にあらわれていて、なおかつじゃあ堀川の善性(みたいなもの)が人を救うとは限らない、という話でもある。それはそう。
ミステリとしての良さは、本が持っている物理的な制約が鍵になっているところ。すなわち、本には表紙と裏表紙があって、背表紙がついていて、縦書きだったり横書きだったりして、という本が持っている物理的な制約が解決に繋がっているところが気持ちいい。まぁ私はkindleで読んだんですが。
昔話を聞かせておくれよ
友よ知るなかれ
「友よ知るなかれ」は雑誌掲載のときにはのっていなくて、書籍化で後から追加された話らしい。正気かよ。
これらの話の感想はここまでに書いた内容で割と語り尽くしてしまっている。「言いたくないことまで伝わってしまう」、「友達という範囲において言えることと言えないこと、踏み込めることと踏み込めないこと」、「それは『後味が悪い、趣味が悪い、いやな話でした』ということでもなくて、戸惑いとしか言いようがない」あたり。
堀川と松倉をめぐるいろいろなことは、高校生ふたりが対峙するには重すぎる。ひとりにとっては当たり前の現実で、ひとりにとってはきっと思いもよらないことで、いずれにせよ子供が巻き込まれてほしくないことだ。
その範囲で堀川も松倉も、きっと本人の手が届く範囲で己ができることをしている。だからこそ、この話は後味が悪い話なんかではないし、だからといって気持ち良い話でもない。青春のほろ苦さを越えた現実がただただそこにあって、それと向き合うことになる。
ちなみにこの小説、続編もあるらしい。正気かよ。
正直、どういう方向に着地するのかさっぱりわからないけど、続編があるならそれを待ちたい。
正直、良くも悪くもふたりの関係は変わらないのだと思っていて、しかしながら続編も終盤では彼らに深入りするような内容が描かれるだろうと思っていて、そうなったときにいったい何が描かれるんだろう。という気持ち。