日記:今年の新語2020 傾向と対策

「今年の新語」とは、今後辞書に収録されるような言葉、すなわち「今年だけ流行った言葉」ではなく、「今年定着し、今後も使われるであろう言葉」を辞書編纂者が選ぶ企画です。

具体的には、2019年の大賞は「-ペイ」、2018年の大賞は「映える(ばえる)」です。

「今年の新語」の興味深い点として、辞書に掲載されるという観点を取るためか、文法的な視点言語そのものとしての面白さが重視されることもあります。

例えば「映える(ばえる)」に関しては、「インスタ+映える」のような複合にともなって「はえ」が濁って「ばえ」となり、それが更に単独で動詞で使われるようになったという経緯を持ちます。複合語の真ん中に出現していたはずの濁音が、語頭に出てくるようになるという経緯は、それなりに珍しい経緯と言えるでしょう

(もちろん、経緯だけでなく、「-映え」自体が単純にたくさん使われたり、SNS関連のあれこれを反映しているというのもあると思いますが。)

こういう観点を持っている点で、今年の新語は言葉が好きな人間にとって面白い企画だと言えるでしょう。

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そんなわけで、今回は「今年の新語2020」について考えてみたいと思います。

 

 

 

 

大賞とトップテンにおける品詞の偏り

2015年に「今年の新語」が始まって以来、過去5年間の大賞は以下の通りです。

2015年 じわる 動詞

2016年 ほぼほぼ 副詞

2017年 忖度 名詞(サ変)

2018年 映える(ばえる) 動詞

2019年 -ペイ 造語成分(接尾辞)

これだけ見ると、動詞が二度出現しているものの、それほど偏りが見られないように思えます。敢えて言うなら、形容詞が受賞していないくらいでしょうか。

サ変というのは、「する」をつけて動詞として用いることができることをあらわします。2017年の大賞「忖度」は、「忖度する」のように動詞としても用いることができるわけです。そこまで考慮すれば、2015年・2018年が動詞、2017年も動詞として使えるサ変であり、動詞の大賞が多いと言えるかもしれません。

ですが、トップテンに入賞している言葉全体を見てみると、大賞の言葉は割と偏っていることがわかります*1

2015年 名詞6 動詞2 接続詞1 造語成分1

2016年 名詞7(サ変3*2) 形容詞2 副詞1

2017年 名詞7(サ変1*3) 動詞1 副詞1 造語成分1

2018年 名詞5 動詞3 形容詞2

2019年 名詞8(サ変1*4) 形容動詞1 造語成分1

 これらを合計すると以下の通り。

名詞33(サ変5) 動詞6 形容(動)詞5 造語成分3 副詞2 接続詞1

トップテンに選ばれた新語の中で、名詞は66%を占めています。

更にサ変を動詞として扱った場合、名詞としてしか使えない名詞は56%を占めています。

すなわち、トップテンの中では過半数を占めている名詞としてしか使えない名詞が、大賞としては一度も選ばれていないのです。

これは、最初に説明したように、定着を基準とする「今年の新語」らしい傾向と言えるでしょう。名詞は新語がつくられやすい領域である分トップテンには数多く採用されますが、名詞用法だけでは十分に定着した新語と見なされづらく、大賞を取ることはできないのではないでしょうか。

 

また、動詞はトップテンに入賞した6語のうち2語が大賞を取っていることになります。3割が大賞です。これは、動詞の新語がそもそも少なく、「動詞の新語が誕生した」という時点で定着への一定のハードルを越えているとみなされているのではないでしょうか。

 

ちなみに、「今年の新語」の前身であり、辞書編纂者の飯間浩明先生が個人の企画として行った2014年の「今年からの新語」の大賞は「ワンチャン」でした。

一応名詞なのですが、飯間先生によると「ただ、『ワンチャン』は副詞用法が現れたりして、広がりがみられ、今後の定着が期待されます。*5」とのことで、動詞としても用いることができるサ変と似ています。

 

要するに、動詞や副詞として用いることができるといった飛び道具を持っていない限り、名詞が選ばれる目算は低そうだと言えるでしょう。

2019年の選評において「-ペイ」は百科語である点でこれまでの大賞とは毛色が違うということについて触れられています。百科語とされるものには名詞が多く、品詞の「-ペイ」が大賞に選ばれたのは、名詞ではなく造語成分であった(≒様々な新語をつくる要素であった)というのも大きい要因だったのではないでしょうか。

 

しかしながら、これを前提に「今年の新語2020」について考えてみても、2020年の大賞が名詞になるかはいまいち判然としません。これまでの傾向を踏まえても、以下のどっちの意見を採用するかはその人次第と言えるでしょう。

今年こそは、名詞が大賞を取るはずだ!!!!!!

いや、例年通り、名詞は大賞を取らない!!!!!

ここから先については皆さまで考えてみてほしいと思います。

対策は特にありません。(タイトル詐欺)

 

 候補の検討

といっても、傾向だけ見て終わりではつまらないので、今年の候補となる新語を見ていきましょう。「今年の新語」はTwitterでも候補となる新語を一般募集しています。

 私は一切思いつかなかったので、一つも投稿しませんでしたが、皆さんの投稿を検討していくことはできそうなので、検討してみたいと思います。

まずは、多数の人が挙げていたコロナ関連語から。

(以下、ツイートの引用を行っております。はてなブログの機能を用いた埋め込みという形で参照URLを示して引用を行っておりますが、引用されたくないという方がいましたら修正を行いますのでお申し出ください)

 

 コロナ

今年はなんといってもこれですね。

「今年の新語」の趣旨としては、コロナという言葉がCOVID-19を指して使われる点で、使用に変化が起きているという点が注目に値します。

過去に流行が起きたSARSもMARSも、そもそも普通の風邪と呼ばれるものも、本来であればコロナウイルスの範囲に入ります。一方、今コロナと言えば概ねCOVID-19を指すことから、2020年に新たな形で定着した言葉として「今年の新語」の趣旨にある程度そぐうものになるでしょう。

しかし私個人の意見としては、コロナは大賞にはまずならないでしょうし、トップテンに入るかも怪しいと思います。

何故ならば面白くないからです。(主観)

実際、新語・流行語大賞との棲み分けも意識しているようなので、ここまで露骨なのは避けると思うんですよね。

と、思ったら、新語・流行語大賞の方にはコロナはノミネートされてないそうです。なんてこった。

 

 -禍(か)

ペスト禍、豪雨禍、赤痢禍のように前々から使われていた言葉ではあるのですが、今年知った方も多かったのではないかと思います。

ちなみに「-禍」は三省堂国語辞典に立項されています。

-か[禍](造語)

…による災難。

「豪雨-・交通-」

三省堂国語辞典 第七版)

 定着を見たという点では、2020年の新語として良いかもしれませんが、立項されている意味から変化が起きたということもなさそうです。

また昨年大賞となった「-ペイ」も造語成分であり、造語成分が2年連続で来るかという点も疑問です。

 

 密(みつ)

コロナ関連語の中では本命だと思います。

辞書関連の記事を執筆している西練馬さんも本命だと言っていますし(権威主義)。

 「密」自体は三省堂国語辞典にも新明解国語辞典にも立項があります。

みつ[密](名・形動ダ・形動ナリ)

〔文〕

①ぎっしりつまっていること。

「人口が-だ」(⇔疎・粗)

三省堂国語辞典第七版 抜粋)

 秘密の「密」のような意味もありますが、ここでは省略しています。

みつ【密】

①すきまがない様子だ。

「人口が-だ」「連絡を-にする」

「-着・-生・-閉・厳-」

新明解国語辞典第七版 抜粋)

 「ぎっしりつまっていること」や「すきまがない様子」という記述は、現在の「密」をも記述の射程に捉えているとは思うのですが、「人口が-だ」という例示からすると、現在の「密集、密接、密閉」を総合したような「密」の意味は想定の範囲にはなさそうです。

現在の意味でいう「密」は、新明解の例示にもある「密閉」の「密」のような造語成分が名詞化した、として捉えるのが妥当ではないでしょうか。もちろん、もともと密という名詞があるので、ややこしいのですが。

例えば、以下のような目的語としての使用は、2019年以前の「密」にはなさそうな気がします。もしこれが正しければ、文法的にも異なったふるまいをしていると言えそうです。

なお、入浴施設のちくら介護予防センターゆらり、和田地域福祉センター「やすらぎ」、とみうら元気倶楽部(浴場と健康増進室)は、をつくりやすく、高齢者の利用が多いことから、安全を最優先して、引き続き、当分の間利用休止となる。

南房総安房地域の日刊紙 房日新聞: ニュース

「密をつくる」の例。

クルマを利用したり近隣エリアへの旅行でを回避!

“密”を避けてゆったりと リラックスステイ特集 - じゃらんnet

 「密を回避」の例。

少しでもを減らそうと、ダッグアウトには前の試合のチームが全て退去した後、消毒などを挟んで次の試合のチームが入る「完全入れ替え」とした。

球音が響いたそれぞれの「ひと夏」 高校野球代替大会を追う:時事ドットコム

「密を減らす」の例。

まぁ個人的にはどこが提唱したかわかっている「3密」や「3つの密」が「今年の新語」に入るのは割と面白くなくて、もっと誰ともなく定着した言葉だと嬉しい気もするのですが、上のような「密」単独で使われている例もあります。また、もし造語成分としての「密」が名詞化したという私の考えが正しければ、割と面白い経緯で定着した言葉と言えるんじゃないでしょうか。(まぁ選外になるかもしれませんが)

 

コロナ関連語はまだまだありますが飽きたのでこれくらいで。

辞書部屋チャンネルさんが提示している「おうち〇〇」とかも個人的には面白いと思います。

これは、コロナ禍が落ち着いても使い続けられそうな感じなので、定着という意味では有力かもしれません。

「おうち時間」については、2014年のwebデータで構築されている国語研日本語ウェブコーパスでもたくさん用例がヒットするので、前から使われていそうな気もしますが……。

 

 世界線

世界線は、飯間浩明先生が注目している言葉です。

ヒゲダン「Pretender」は辞典に載りそうな歌詞があった ヒットソングを国語辞典編纂者が読み解く - エキサイトニュース

私はオタク寄りの人間なので気づかなかったのですが、世界線という言葉がヒットソングに使われる程に定着していたのには少し驚きです。

世界線は物理学の用語として使われているようですが、用法が異なり、パラレルワールド的な用法が広まったきっかけはシュタインズ・ゲートということになるのでしょうか)

個人的には、仮定をあらわす表現なのに、接続助詞ではなく名詞であるところが便利なのかなと思います。

もっと違う関係で出会えれば別れずに済んだかもしれない。

もっと違う関係で出会えたら別れずに済んだかもしれない。

仮定条件をあらわす接続助詞は、なんといっても文と文を接続する表現なので、仮定とその結果をセットで提示する必要があります。「場合」とかも同様ですね。

一方、世界線の場合は、仮定と結果のセットではなくても、ある仮定に基づく”世界”全体を問題にできます。

海面が100m上昇したらどんな世界になる? 「日本のようで日本でない列島」描いた地図が妄想を刺激する

今とは違う世界線の日本が見られます。

海面が100m上昇したらどんな世界になる? 「日本のようで日本でない列島」描いた地図が妄想を刺激する - ねとらぼ

海面が100m上昇した世界線についての例。

ゴエモンがマリオ並に人気の世界線ではどのキャラがスマブラに出るか―― 他愛ない雑談から不意打ちのようなオチが来る漫画
話題はちょっと楽しそうなんだけど……。

ゴエモンがマリオ並に人気の世界線ではどのキャラがスマブラに出るか―― 他愛ない雑談から不意打ちのようなオチが来る漫画 - ねとらぼ

ゴエモン(ゲーム)がマリオ並に人気の世界線についての例。

パラレルワールド」も「並行世界」も意味としては似ているのですが、「世界+線」というそれぞれはそれほど専門用語っぽくない語彙で同様の内容をあらわせているからこその強みがあるのかもしれません。

(そういうことを言い出すと、「世界線」を噛ませなくても「海面が100m上昇した日本」のような形で、パラレルワールド的な表現をつくることは可能なのですが。)

 

個人的な予想で言うと、世界線はトップテンに入ると思いますが、大賞にはならないんじゃないか、と思っています。

飯間浩明先生が注目している表現ではあるのですが、「今年の新語」は飯間先生おひとりの企画ではありませんし、なんだかんだ言っても一般層にまで広まってない感じが……。

と思って飯間先生が取り上げるきっかけになった歌に注目して、歌ネットで歌詞検索をしてみると、「世界線」が含まれる曲は80曲ありました!

初出は、2010年の「A.R.」で、これはPC版のシュタインズ・ゲートのOPテーマです。シュタインズ・ゲート自体はXBOX版が初出なので、「世界線」という言葉が通じる前提で歌詞に組み込んだのかもしれません。

私のカウントが間違っていなければ、2017年4曲→2018年7曲→2019年19曲→2020年23曲と増加傾向にあるようです。

私の気持ちとしては大賞は取らない気がしていますが、「世界線」が大賞を取る世界線に入っている可能性は否定できないかもしれません。

 

 お迎え

辞書記事等を執筆しているながさわさんの投稿を見て、「これだ!!」と勝手に納得してしまった言葉です。個人的にはかなり気に入っている表現です。

靴や国語辞典に対して「お迎え」を使っているのが良いですね。

ちなみに、「子供のお迎え」に関しては、「をお迎えする」のようにヲ格の目的語を取らない(「幼稚園に行って、子供をお迎えした」は不自然な)のでまた別だと思います。「子供のお迎え」は、「子供のお迎えに行く」のように、動作主自らが出向くことを強調する感じですね。

「をお迎えする」は、別のところにあったものが自分のところに来ることを強調している点で、「(子供)のお迎え」とは区別して扱うべき表現です。

 

いつから上のような「をお迎えする」があるかはわからないのですが、ざっとデータをなぞってみました。

まず、2008年までのデータを収録している現代日本語書き言葉均衡コーパスで検索すると、「をお迎えする」は客人・先生・先祖など目上の人に対する謙譲語として使われている印象がありました。ざっと見ですが、この時点では現在の「お迎え」とは異なっているようです。

一方、2014年のデータを収録している国語研日本語ウェブコーパスでは、ペットやぬいぐるみ・ドールのような用例が増えている印象があります。

書籍等が中心のデータとwebデータで性質が異なっていますし、またウェブコーパスに関しては量が膨大すぎて本当にざっと一部を確認したにすぎないのですが、靴や辞書のような動物等に見立てられないようなモノを「お迎え」する例は、2014年の段階だとあまり目立ちませんでした。

これも踏まえて、以下のような変遷があるとすれば、かなり面白いんじゃないかと思います。

客人をお迎えする。

(謙譲語として、目上の人に対する「お迎え」)

ペットをお迎えする。

(目上・目下など無関係に、大事な存在に対する「お迎え」)

ぬいぐるみ/フィギュアをお迎えする。

動物・ヒトに見立てられる、大事なモノに対する「お迎え」)

モノをお迎えする。

(動物・ヒトに見立てられなくても、その人にとって大事なモノに対する「お迎え」)

面白いというだけで一切検証は行っておりませんが、このような過程を経ているのかもしれません。近年の「推し」という言葉も合わせれば、それっぽい印象で最近のオタクと昔のオタクを比べる雑な議論とかもできるかもしれませんね(やめましょう)。

個人的には、「お迎え」が大賞を取ってくれたら面白いと思うのですが、一方で2020年に定着した言葉かというとそうでもないような気もします。

コロナ関連語を除くにしても、楽曲で2020年に広まっていく様子がわかる「世界線」に打ち勝つほどの強さを持ち合わせているかは疑問です。「世界線」が大賞を取るかは別にして、「世界線」に勝てなさそうな「お迎え」が大賞を取る未来は正直見えません。

 

最終予想

ここまでの検討をまとめると、以下のような形になります。

大賞 予想) お迎え願望

トップテン入り 世界線 おうち◯◯

選外 コロナ -禍

前半の名詞の話はどこに行ったんだ!と思う方もいるかもしれないので、補足しておきます。

 

「密」に関しては、前述した「造語成分が名詞用法を獲得した」という捉え方が正しければ、文法的に面白い経緯を持った、特殊な名詞と言えるでしょう。そういう意味ではハンディキャップが大きい名詞であっても、大賞を取るポテンシャルが十分にあると思います。

つまり、今年こそは、名詞が大賞を取るはずだ!!!!!!路線ということです。

(ツイートを引用した西練馬さんが、名詞以外の用法があることにも触れていますが、それは一瞬見なかったことにしてください)

 

「お迎え」に関しては、名詞ではありますが、上で述べたように「お迎えする」のように動詞化して使う用法の話です。そのため、名詞が持つハンディキャップの影響はあまり関係ないと思います。まぁ願望なので、普通にトップテン入りもしないかもしれませんが。

(今後大賞を取るポテンシャルもあると思うので、トップテン入りするくらいなら今年は触れられないくらいが良いと思います)

 

「今年の新語2020」の発表は、11月30日です。

dictionary.sanseido-publ.co.jp

まだまだ時間はあるので、皆さんもどんな言葉が大賞になるか予想してみましょう。

 

参考ページ

今年からの新語2014 結果発表

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語 2015」

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2017」

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2018」

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2019」

三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2020」

*1:基本的には公式サイトの語釈に則る。語釈に品詞が明示されていない場合は、筆者が独自に判断をくだした

*2:食レポエゴサパリピをサ変として認定

*3:忖度をサ変として認定

*4:公式サイトに従い、電凸をサ変として認定。「カスハラ」「垂直避難」に関しては、「客が担当者にカスハラをした」のようにヲを伴って「する」を後接することはできるが、「客が担当者にカスハラした」のように「カスハラする」という動詞をつくることはできないと判断した。「カスハラした」が言えるにしても、それはヲの無助詞化と考え、あくまで口語に限られるものと捉えている

*5:今年からの新語2014 結果発表 下線は筆者による