日記:最近読んだ漫画の感想(2020年後半)

複数巻ある漫画の感想を書くのが苦手なので、まとめて一言コメントを残しておきたいと思います。

最近とは言うが、時期はかなり広い。

「水は海に向かって流れる」「違国日記」「さんかく窓の外側は夜」「おとなになっても」「マイ・ブロークン・マリコ」「チェンソーマン」「SPY×FAMILY」の感想です。

 

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日記:しゆろぐ2020年のおすすめ記事

毎年恒例(大嘘)、今年のおすすめ記事を振り返ろうと思います。

まず全体の振り返り。記事本数は2017年(61本)、2018年(57本)、2019年(24本)、2020年(30本)という推移で、2017年・2018年に比べると少ないですが、2019年に比べると少し多めに記事を書けました。

2020年は、例年よりことばに関する記事が多く、6本も書きました。感想に関する記事は少なめで、16本でした。記事の数だけ見ると、感想記事の方が多いですが、ことばに関する記事を書く方が疲れるので、今年は頑張った感じがします。

その他、メモや日記の記事があります。

以下、ことば・感想・メモ・日記の順におすすめ記事を挙げていきます。

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日記:「文学少女対数学少女」

記号化された人物、人物の行動が構成する命題、その命題からなうる公理系、そこにいくつかの推論規則が加わって——それが推理小説――にして形式体系――にしてメタ数学だよ!

(『文学少女対数学少女』loc.165 of 3860)*1

『雪が白いときかつそのときに限り』の邦訳が出版されたときにも気になってはいたのですが、私が初めて読む陸秋槎作品です。元は中国語の小説ですが、日本のミステリ(と百合)からの影響も強く、割とすらすら読めました。

 

数学×ミステリ

数学を題材にした連作ミステリ短編集。

(作者本人も言及しているけど)良くも悪くも数学畑以外の人間が気軽に楽しめる数学の話題として取り上げられやすい部分というのは偏っていて、この作品もその感はあるのですが、だからこそミステリを通じて数学の楽しさの一端に触れることができるかもしれません。逆に、ミステリの偽の手がかりをめぐるちょっとややこしい話に関して、数学を切り口にして噛み砕いている側面もあるので、そこらへんの話が好きな人にもおすすめです。

(私は専門が日本語文法のド文系なので、数学好きから見てどうかというところはちょっとわかりかねます)

基本的には、作中作をめぐって文学少女数学少女が議論を繰り広げる形で物語が展開していきますが、そのわーわー議論をする楽しさをきっちり描きつつ身も蓋もない現実的解決を提示するところがこの作品の魅力だと思います。

身も蓋もない現実的解決は取り扱い注意なシロモノで、そればっかりだと空気読めないツッコミになってしまう危険性もあるのですが、文学少女数学少女の豊かな議論の末に提示されるからこそ、綺麗なバランスで妙味として機能しています。

 

麻耶雄嵩による解説

また、陸秋槎氏が大きく影響を受けているという麻耶雄嵩の解説も見どころです。

偽の手がかりに関する問題を理想と現実のせめぎあいと表現していたり。

麻耶先生が「百合成分は控えめ」とか言っているのも面白い。そういうのに造詣が深い人だとは思ってはいましたが、真面目なノリの文章で百合成分*2とか書いてあるのを見るとちょっとギャップが凄いです。

 

以下、ネタバレ。

 

文学少女対数学少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 

 

*1:kindleを導入したのですが、ページ数が非電子書籍とは異なり、位置という形で表示されています。loc.165 of 3860とは、位置(location)が3860あるうちの位置165から始まる文章という意味を示します

*2:関係ないですが、作者の名前が登場人物の名前になるミステリ様式と百合の食べ合わせはどうなんだろう、と少し思いました。

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日記:「名探偵木更津悠也」

敢えてストレートなタイトルにしたのは相応の理由があります。思うに『名探偵』とは、常に理想に近づこうとする強靭な意思を持った存在でなければなりません。その毅然たる姿勢が、喜んで記述者の立場に甘んじるワトソン役を産むのです。(後略) 香月実朝

(名探偵木更津悠也 カバー)

 かなり前に読んで感想を書けていなかったのですが、最近麻耶雄嵩作品を読み始めたので、この機会に書いておきます。タイトルにある名探偵こと木更津悠也と語り部である香月実朝が活躍する連作短編集です。

 

名探偵とワトソン役の関係

冒頭にも引用した通り、この作品の主役である木更津悠也と語り部である香月実朝は、お互い「名探偵」と「ワトソン役」というものに対してとても意識的です。

特に「喜んで記述者の立場に甘んじるワトソン役」こと香月実朝のキャラクターは強烈です。

香月実朝は冒頭に引用した前書きの続きとして、ワトソン役が名探偵だと認めない限り世間から高い評価を受けようが名探偵たりえない、といった趣旨の文章を書いています。実際、作中での香月実朝は、名探偵たる木更津悠也がふがいない様を見せれば苛立ったり、かと思えば木更津悠也に心酔してみせたりと、自分の発言の通りにふるまいます。すなわち、ワトソンが名探偵を名探偵と認めるからこそ名探偵は名探偵たり得るという持論の通り、香月は木更津を推し測り、その上で木更津を名探偵と認めるかどうか判断しているのです。

ただし、香月が「喜んで記述者に甘んじるワトソン役」かは少々怪しいと言ってもいいでしょう。香月にはプライドが見え隠れしています。しかしながら、そうであったとしても、木更津は名探偵としてふるまおうとし、香月はワトソン役としてふるまおうとします。そのあたりの揺らぎというか、名探偵-ワトソン役という関係を自明なものとはしないところがこの作品の特徴だと思います。探偵とワトソンの関係ではないですが、個人的にはちょっとゴーン・ガールを思い出しました。

 

また、収録されている4編すべての事件に「白幽霊」という幽霊の噂が関わってくるのですが、本格ミステリでありながら幽霊が鍵になっているのも面白い趣向だったと思います。

 

この先ネタバレあり

 

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

名探偵 木更津悠也 (カッパ・ノベルス)

  • 作者:麻耶 雄嵩
  • 発売日: 2004/05/20
  • メディア: 新書
 

 

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日記:今年の新語2020 傾向と対策

「今年の新語」とは、今後辞書に収録されるような言葉、すなわち「今年だけ流行った言葉」ではなく、「今年定着し、今後も使われるであろう言葉」を辞書編纂者が選ぶ企画です。

具体的には、2019年の大賞は「-ペイ」、2018年の大賞は「映える(ばえる)」です。

「今年の新語」の興味深い点として、辞書に掲載されるという観点を取るためか、文法的な視点言語そのものとしての面白さが重視されることもあります。

例えば「映える(ばえる)」に関しては、「インスタ+映える」のような複合にともなって「はえ」が濁って「ばえ」となり、それが更に単独で動詞で使われるようになったという経緯を持ちます。複合語の真ん中に出現していたはずの濁音が、語頭に出てくるようになるという経緯は、それなりに珍しい経緯と言えるでしょう

(もちろん、経緯だけでなく、「-映え」自体が単純にたくさん使われたり、SNS関連のあれこれを反映しているというのもあると思いますが。)

こういう観点を持っている点で、今年の新語は言葉が好きな人間にとって面白い企画だと言えるでしょう。

dictionary.sanseido-publ.co.jp

そんなわけで、今回は「今年の新語2020」について考えてみたいと思います。

 

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メモ:ゆめタウン読みと283プロ

以下のブログ記事では、「ゆめタウン読み」というものが提唱されている。

seek.hatenadiary.jp

具体的には、ゆめタウンのロゴが”YOU ME”と書いてこれを「ゆめ」と読ませているものを指している。

上のブログでは、”YOU”(ゆー)はアルファベットを英語読みして、”ME”(め)はアルファベットをローマ字読みするという点に注目して、この「ゆめタウン読み」について、訓読みと音読みで熟語をつくる湯桶読み重箱読みに近いものなのではないかと位置付けている。

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メモ:新明解国語辞典の「な(さ)そうだ」「な(さ)すぎる」に関する記述

1.はじめに

新明解国語辞典で「無い」を引くと、最後の方にこんな記述がある。

[文法]助動詞「そうだ(様態)」に続く時は、「なそうだ」の形になる。また「すぎる」と結びついて複合動詞をつくるときは「なすぎる」の形になる。(新明解国語辞典第七版)(下線は筆者による)

形容詞が「-そうだ」「-すぎる」を後接する場合には、通常「楽しそうだ」「楽しすぎる」のように形容詞の語幹が出現する。よって、「無い」の場合には「なそうだ」「なすぎる」が出てくることが予想できそうだが、実際には「なそうだ」「なすぎる」のように「さ」が挿入される。

よって、「無い」についてこの説明を立てることで、原則から外れる現象についても取り扱うことができるようになる。

 

ただし、この記述にすこし疑問を覚える箇所もある。

例えば、「汚い」には「な(さ)そうだ」に関する記述が載っていないため、「汚そうだ」「汚すぎる」で適切と考えられているようだ。これに関しては私の直観とも整合する。

ただし、「小汚い」には以下のような記述が掲載されているのである。

[文法]助動詞「そうだ(様態)」に続く時は、「小汚なそうだ」の形になる。(新明解国語辞典第七版)(下線は筆者による)

私の直観では、「小汚い」に「そうだ」を続ける場面がそもそもあまり思いつかないのもあるが、それを考慮しても「(アイツの部屋は)小汚そうだ」の方が「小汚そうだ」より落ち着きがいい。

私の直観は私の直観に過ぎないとしても、「汚い」と「小汚い」で「さ」の挿入の有無に違いが出ると言うのもいまいち釈然としない。

そんなわけで、この記事では、新明解国語辞典第七版において「ない」で終わる形容詞などにおいて、「な(さ)そうだ」「な(さ)すぎる」の記述がどうなっているか、簡単に調べてみた。

 

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