日記:「巴里マカロンの謎」

小市民シリーズ11年ぶりの最新刊だそうです。心待ちにしていました。

国名シリーズ風のタイトル

小市民シリーズはこれまで『春期限定いちごタルト事件』『夏期限定トロピカルパフェ事件』『秋期限定栗きんとん事件』の3作が発売されていますが、『巴里マカロンの謎』は春期(高校1年生春)と夏期(高校2年生夏)の間の1年生秋~冬のエピソードということになっています。なので、「番外」短編集。『冬期限定~』はまた別に出るらしい。

表題作になっている「巴里マカロンの謎」だけでなく、ほか3作も「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」「花府シュークリームの謎」と「《都市名》《お菓子》の謎」というタイトルに統一されています。

エラリー・クイーンの国名シリーズ、『ローマ帽子の謎』『フランス白粉の謎』『オランダ靴の謎』etcが連想されるタイトルですが、この形式の短編集は『巴里マカロンの謎』だけで終わるのか、また番外短編集が出るとしたらこの形式が引き継がれるのかも気になります。(本編の時系列的に描ける時期が少ない気もしますが)

国名シリーズパロディは有栖川有栖の『ロシア紅茶の謎』ほかとかが有名でしょうか。個人的には、青崎有吾の『体育館の殺人』シリーズの英題になっているThe Black Umbrella Mystery、The Yellow Mop Mystery、The Red Letter Mysteryあたりも国要素はないですが、「《色》《鍵になる道具》Mystery」となっていて、推していきたいですね。

話が逸れましたが。 

 

お菓子と謎

全体の印象としては、それぞれのタイトルにもなっているお菓子の使い方がそれぞれで面白いなぁという印象です。

「巴里マカロン」と「伯林あげぱん」はストレートに謎の題材がお菓子になっているのですが、「紐育チーズケーキ」「花府シュークリーム」はお菓子の使い方がちょっとひねってあって素敵。

ストレートに謎の題材がマカロンになっている「巴里マカロン」も、お菓子の描写が活き活きとしていて、かつ謎解きに関わってくるので表題作にふさわしい一品でした。

 

小市民志望者と市民たるゲストキャラの交流

小鳩くんと小佐内さんがかわいい!というのは言わずもがなだけど、短編集全体を通したテーマ的なものは……うーん、なんだろう。

小市民になりたい(けどあんまりなれてない)小鳩くん小佐内さんと、小市民というほど殊勝かはわからないけどごく善良なゲストキャラとの交流、なのかな。

『秋期限定~』では、小市民志望の二人がそれぞれに小市民的キャラクターと交流して、あんまりうまくいかないエピソードが描かれる訳だけど、この短編集はそれとは違うアプローチで小鳩くん、小佐内さんとゲストキャラとの交流が描かれているのかなぁと思う。

そんなこんなで、以下ネタバレあり。

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

 

巴里マカロンの謎

私、謎を解いたところで、新しい謎が見えてくるっていう展開が大好きなんですよね。

なので、「どれが増やされたマカロンか」の謎を解いたところで、マカロンから指輪が出てくる展開がとてもよかったです。なんかわくわくしてしまう。

ちなみに、どれが増えたマカロンかを突き止める方法までは推理できてちょっと嬉しかった。いや誰でもわかるか……。

小佐内さんが導き出した「コギの名前を冠したマカロンに指輪を入れるのは古城その人しかいないだろう」という推理は、納得がいく理由かつちょっと盲点だったので面白かった。

にしても、「月刊マカロナージュ」ってなんですか? この世界ではマカロンの専門誌が月単位で出てるんですか?

カロンについて講義をする小佐内さんはすこぶるかわいい。

 

紐育チーズケーキの謎

上でちょっと触れましたが、この短編においてニューヨークチーズケーキは直接謎としては提示されず、謎を解くためのヒントとして、あるいは状況を巧みに言い表した比喩として提示される。

「巴里マカロンの謎」とは違う形で、でもしっかりと「紐育チーズケーキの謎」を冠するにふさわしい仕上がりになっている。

小鳩くんをガン無視する古城さん面白い。

「拉致されたんです!」「えっ、また?」のテンポが良いコメディ感。

終盤で小佐内さんのちょっと怖いところが顔を見せるけど、小鳩くんと古城さんの掛け合いだったり、小佐内さんが噛んだり、全体的にコメディな雰囲気のお話だった。

 

伯林あげぱんの謎

連載時は犯人当てだったらしいけど、読んだ時点では知らなかった。

思い返すと、確かに読者への挑戦状っぽいの挟まってたな……。

マスタードがタバスコにすり替わっていたこと(タバスコを食べたときの反応)や、「このお菓子はお礼ですからご自由にお取りください」の紙で、犯人が外部犯だろうということはなんとなく思ったけど、その状況がどうして成立したのかは難しかった。

伯林あげぱんの謎で描かれている、「推理の過程で関係者の心情が踏みにじられていく様子」は、個人的にはあんまり好きではないというか、もやもやしたものを感じる。もちろん、もやもやするからといって、それを読みたくないという訳でもない。それを痛快に感じることもあれば、それについてうんうん悩んでみたくなることもある。

以前、これに関係するようなことを『フランス白粉の秘密』の感想として書いた。ネタバレ部分をカットしてここで引用してみる。

何が重要な証拠か、ということを考える際、我々は直感的に重要じゃなさそうな証拠を除外してしまうものなのかもしれません。しかし、名探偵はそうではない。すべての証拠について、誠実に向き合って、真実を見つけ出す。この作品は消去法を用いているというところもあり、数々の証拠ひとつひとつが容疑者を特定する手がかりとして明確に機能しているので、ことさら「ひとつひとつの証拠から真実を手繰り寄せる探偵の手腕」のようなものが強調されていたと思います。

(中略)

しかし反面、「重要じゃない証拠」を勝手に判断しないということは、暴かなくていい秘匿された情報を暴いていくことにも他ならないでしょう。

(中略)

それが、知られたくない人間の素行を明かしてしまうこともあるでしょう。

(中略)

この文庫版には解説の一環で、「フランス白粉の秘密」が発表された当時の書評も載っていました。その内容は要約すると「論理パズルとしては最上だが、人間が描かれていない」というものです。論理パズルとしての出来栄えを称賛するあたり、とても誠実な書評ではあると思うのですが、読み込もうと思えばこの作品から人間について読み込むこともできるのではないか、と思います。

情報の価値を勝手に判断せずすべての情報を大事にすることが真実を解き明かす方法である反面、情報の価値を判断しないということは解き明かさなくてもいい真実を解き明かしてしまうことでもある。これについてどのように考えるべきかということは、単なる論理パズルではなく、人間のお話なのではないでしょうか。

日記:「フランス白粉の秘密」 - しゆろぐ

私が感じるこういうもやもやに対して、小市民シリーズは自覚的というか。むしろ周囲の人間が探偵のそういうところを拒絶してしまうがゆえに、小鳩常悟朗が小市民を目指すことになる。だからここら辺は、作品の根幹に関係しているんですよね。

「伯林あげぱんの謎」は小鳩くんのそういう面が露骨に立ち現れている短編で、そういう意味で小佐内さんの怖いところが漏れ出てくる「紐育チーズケーキの謎」とは対になるような短編なのかもしれない。

「伯林あげぱんの謎」においては「解き明かすべき謎」と「隠したい個人の事情」が微妙に重なっているあたり、「フランス白粉の秘密(謎)」とはちょっと違うんですけどね。

それはそれとして、「証言の不確実さ」を論証していく小鳩くんの手腕はとても面白くてよかった。

 

花府シュークリームの謎

この短編集を閉じるにふさわしい、後味のいい短編。後味がよければ良いと言ってしまうと、ハッピーエンド至上主義っぽいですけど。

もしこの短編集のメインテーマが上に書いた通りに小市民志望者と古城さんの交流であるとすれば、時系列は前後しますが既刊である『秋期~』とは別のアプローチである必要がある。「やはり小鳩くんや小佐内さんと古城さんには『差異』がある」ということが描かれつつも、それが必ずしも致命的な断絶には繋がらないというのは着地点としては妥当な感じがする。

にしても、真相を解き明かすかについて確認する小佐内さんが素敵。

「ねえ古城さん、あなたの敵が誰なのか、本当に知りたい?」

「隠されたことを知ろうとすれば、たいてい代償を払うことになる」

「わかった。わたしがあなたを、助けてあげる」 (p.252-253)

悪魔の契約か何かですか……。まぁ実際、開けることが絶対に良いとは言えない蓋を開けることになる訳だから、この確認は的を外してはいないんですけど。

さて、タイトルの「シュークリーム」は、写真にうつったクリームという形で残る証拠でもあり、犯人が事件を起こした原因となる動機(になっているかもしれないもの)でもある。タイトルにお菓子を入れるという縛りがありつつも、手を変え品を変え納得がいく形で回収しているのはさすが。

にしても、嫌がらせを受けつつも気づかずに大人顔負けの回答をしてみせる古城さん、絶対大物だよな……。かっこいい。

また、「巴里マカロンの謎」からつながっている義理の母子の関係が回収される話でもある。というか、そのくだりがあるおかげで、随分と話に救いが生まれている。

あと、ラストで今まででてきたお菓子が再登場するのも、ラストっぽくていい。小佐内さんの喜びようも好き。

 

全体を通じて。小佐内さんは古城さんのことをどう思っていたのだろうか。

ときには鬱陶しいと思いつつ、やっぱり憎からぬ思っていたからこそ、(実行されるかはともかくとして)復讐に手を貸そうとしたんだろうなと私は思う。最終的におそらく古城さんが復讐をすることはなかったかもしれないけど、小佐内さんは小佐内さんなりに古城さんを思った行動をしたんだろうなと思う。

(まぁ『秋期限定~』でも基本的に小佐内さんは優しくしてたんだけどね。)

『虚構推理 スリーピング・マーダー』の感想でも書いたけど、私はこういう交流、こういう関係を描く作品が好きなんですよね。

古城さんと小佐内さんは違う世界の住人かもしれないけど、でも確かにそこには交流があって、お互いのことを憎からず思っていた。古城さんは割と崇拝気味だったし非対称的ではあるけれど、小佐内さんの心の中に古城さんの領土がちゃんとあるんだという感じ? うまく表現できないんですけど、なんとなくこういう交流の描写は好きで、こういうものにこそ人生の光を感じてしまう。

 

まとまらないですがそんな感じ。冬期限定も楽しみ!

その前にまた番外短編集が出るならそれでも良い!

 

<2020年2月3日追記>

上でうまく書けなかったことがすこしまとまったので書いておく。

色々考えていて、小市民シリーズって、理解者をめぐるを物語なのかなぁとすこし思った。

春期ではお互いを理解し協力関係を結ぶ二人について描かれ、夏期ではお互いを理解しているようで理解できていなかったことが描かれる。そして秋期で、二人がそれぞれ小市民的に恋人をつくるけど、恋人とは結局断絶してしまい、夏期以来道を違えていた二人が関係を結び直す。

夏期でお互いを絶対的に理解できていた訳ではないことを知り、それでもお互いにとって少なからず理解者である相手ともう一度関係をやり直す。絶対性が否定された上で、関係を結び直すというのが夏から秋の流れなのかなぁと思う。

そう考えたときに小佐内さんにとっての古城さんは、確実に自分の理解者ではない。理解者ではないが、秋期の瓜野くんほど悪い関係ではない。

小佐内さんの理解者ではないかもしれない古城さんが、それでも小佐内さんの心の領土の一部にはちゃんといて、やっぱり理解者とは言えないけれど、そこに関係が結ばれる。

小佐内さんと小鳩くんの共犯的な関係とはまた違うけれど、そういう関係を小佐内さんが確かに持っていることが嬉しい、という話でした。

やっぱりまとまってないかもしれない……。