日記:「虚構推理 スリーピング・マーダー」

虚構推理シリーズ第3弾。長編2作目。

1作目・短編集の感想はこちら。

日記:「虚構推理」 - しゆろぐ

日記:「虚構推理短編集 岩永琴子の出現」 - しゆろぐ

長編といっても、前半は連作短編のような感じ。

高校生時点での琴子のエピソードや、ラスボスポジションの桜川六花の潜伏生活、また六花が潜伏していた事故物件に関する「推理」などが描かれる。

後半がタイトルにある「スリーピング・マーダー」編になっている。

(ちなみに私はミステリにわかなので、クリスティのスリーピング・マーダーは読めていない)

 

構成がとにかく素晴らしい。

短編集などでも、主人公である岩永琴子という人物を、彼女にもう二度と出会わないであろう人々の視点から描く語り口の話はあったが、今回は同様の描き方でありながら、彼女に関する描写がぐっと深まったという印象を受けた。

高校生時代のエピソードでは、岩永琴子の恐ろしさと共に、ただ恐ろしいだけではなく愛嬌もあり、どこか暖かさも感じ取れる岩永琴子が描写されるが、「スリーピング・マーダー」編では岩永琴子のぞっとするような一面がクローズアップして掘り下げられる。

そしてそれらは完全に独立しているのではなく、高校時代の友人が「スリーピング・マーダー」での出来事を断片に聞きつけ、その後岩永琴子に対する認識というか、どう捉えたものかということをあれこれ話す章でこの一冊は幕を閉じる。

 

もう二度と出会わないであろう人たちの間の縁、みたいなものが私はきっと好きなんだと思う。

学生時代に岩永琴子と共にミステリ研に在籍していた天知学と小林小鳥は、今後岩永琴子と関わらず生きていく訳だけど、その二人が岩永琴子のことをどう心の中で位置付けるのかが丁寧に描かれていて、良い。

作品中盤だが、逆に、岩永琴子も二人のことがまったく眼中になかった訳ではないということがすこしわかって、こういう交流の描かれ方、好きです。

あと、また、ちょっと別の話題ではあるけど、第三者から見ると大概は九郎がめちゃめちゃ岩永を大事にしているように見えるっていうのも面白い。

以下、「虚構推理」1作目とスリーピング・マーダーのネタバレあり。

虚構推理 スリーピング・マーダー (講談社タイガ)

 

虚構推理(一作目)の感想を調べているとき、興味深い内容のブログを見つけた。

一方『虚構推理』では、二人の死の真相が、すでに判明しているため、真実への切実さの代わりに、秩序維持が探偵の役回りになる。死んだ二人への扱いは誰もが冷たいものであり、推理において生者の安寧のためにゾンビのように都合よく利用されることへの疑念やエクスキューズは、申し訳程度に感じる。

城平京『虚構推理 鋼人七瀬』を読んだ - 立ち読み師たちの街

一作目においては、「都市伝説退治のための推理」として虚構の推理が弄されている。ミステリを読んでいるとき、人間の意志や行動を知的なパズルのように扱っているなと思うことはたまにあるが、しかしながら真実を追求するという一点において、それは死者を知ろうとする行為であり、それは死者に敬意を表する行為として描くこともできる。

実際、同作者のスパイラルのノベライズ第2弾『鋼鉄番長の密室』は、そのような作品だったと記憶している。(最後に読んだのは5年以上前なので、うろ覚えだが)

一方で虚構推理では、その点がやや甘いというか、むしろ虚構の推理を提示する際の地の文で一応の配慮を見せているからこそ、「一応配慮を見せている」感じが強く出てしまっている印象を受ける。このブログが言いたいことと合致しているかはわからないが、私は上の文章を読んでそんなことを思った。

また、同じブログでは、以下のようなことも述べられている。

そしてもしシリーズが続くならば、探偵役はいつか、自らが作り出した「虚構」から復讐を受け、傷つくはずだ。『スパイラル』と『名探偵に薔薇を』の作者がそれを書かないはずがない。

城平京『虚構推理 鋼人七瀬』を読んだ - 立ち読み師たちの街

さて、このブログに書いてある通りになったかというと、(まだ?)そうはなっていないが、「スリーピング・マーダー」はこのブログで指摘されている歪みのようなものを少し回収し始めた作品ではあるのかなと思う。

すなわち秩序を守る岩永琴子のお役目が、実際の事件の関係者に対してどう作用するのかという事例を描いたのが本作なのではないかな、という感じ。

一作目では鋼人七瀬の関係者は軒並み死んでいたか、もしくは直接的に描かれなかったが、本作では被害者を除いて関係者の目の前で謎解きが行われるという点で、主にネットを舞台にした一作目とは異なるものを描いた作品になっている。

 

一作目との違いという点では、別のブログにあった以下の感想も面白かった。

このブログでは、一作目とスリーピング・マーダーにおける岩永琴子の印象の違いについて、紗季の存在を取り上げている。

紗季は九郎の元カノであり、妖怪変化の存在を実体験として知っている点で、岩永の中ではその他多数の一般人とは少なからず違う特別な存在ではあったのでしょうか。改めて振り返ると、得体のしれない存在と捉えられる岩永にしてみれば、紗希に対してはかなり本音を表しているように思えます。

感想:虚構推理 スリーピング・マーダー | yuna library ~昼休みの読書感想文~

 一作目の非常に人間くさい岩永琴子の方が異色だったのかもしれない、とは思ったけれど、私は敵が強大だったからかなと思った。でも、確かに紗季が相手だからこそ本音が出ちゃっていた面もあるのだろうな、という。

紗季と岩永琴子の間にある縁も、改めて不思議な関係だなぁと再認識した。

 

すこしだけ疑問点。

本作の推理自体は見事なのですが、口を滑らせるくだりだけはあんまり納得が行きませんでした。というのも、犯人が口を滑らせるというのは、それが「犯人しか知らないはずの内容だが、犯人がそれを知らない、もしくは気づいていない、もしくは強く意識していない」ときなら納得がいきます。

ですが本作では、「息が止まっているのをちゃんと確認した」という口の滑らせ方なので、そんな間抜けな……と少し思ってしまいました。

これがドラマとかだったら、演技力で納得できちゃうのかもしれませんが。

とはいえ、その部分にも推理の面白さがあるから、そこまで引っかかると言うほどでもない。妖狐がつくった偽の証拠に基づいて、「被害者はその時点で生きていた」と推理し、それが犯人側の認識とズレる。でも、ズレていたとして声がした以上、そう解釈せざるを得ないという状況はとても面白い。

 

一作目の「事実は知っているが、その事実とは異なる推理を行う」という前提を見事に裏切る多重解決の構成は見事という他に言葉がないし、事件を通じて描かれるキャラクターの掘り下げ方も大好きで、久々に大満足な読書体験ができて最高だった。

怪異との関わりを成功体験にしてしまっているがゆえに岩永琴子を頼った音無剛一に対して、秩序を守る岩永琴子がどのような判断を下すかという点でも、本作の結末は「ただ真相を解き明かした」という以上の含意がある。凄い。

続きが早く読みたいところだが、一作目が2011年に発売されたことを考慮すると、どうなるんだろう。漫画連載の都合上、続きも早めに出るんでしょうか。どうなんでしょうね。