日記:「ノッキンオン・ロックドドア2」

1を文庫本で買ったのに、2をハードカバーで買ってしまった……。

(シリーズものは揃ってないと気になる)

ただ、あまりに面白かったため……。

日記:「ノッキンオン・ロックドドア」 - しゆろぐ

 

 

1作目と同様、連作短編集。

1作目の方は、チープ・トリックの屋号を持つ糸切美影が関わる事件が面白かったですが、今回は謎そのものに関しては、チープ・トリックが関わらない「穴の開いた密室」「穿地警部補、事件です」「消える少女追う少女」あたりが好きでした。

「消える少女追う少女」は殺人事件ではないのですが、事件の当事者として登場するキャラクターも結構好きになりました。短編ミステリでレギュラーキャラクター以外を好きになるのは珍しい。

 

氷雨と倒理の関係性そして過去

主役二人、氷雨と倒理の関係性が強い話でいうと、「時計にまつわるいくつかの嘘」が最強。氷雨の誕生日を覚えているかという賭けに勝った、と倒理が告げるところから始まって、プレゼントしたり二人でグチグチ言いながら焼肉行ったり……。

そもそも、賭けの発端が、この話の一年前に誕生日から二か月遅れでサプライズパーティを開かれて、来年は誕生日を覚えていられるか賭けたという……。二か月遅れでもサプライズパーティするんですね……倒理……。「時計にまつわるいくつかの嘘」はタイトルも良い。基本的には事件の内容をあらわしたタイトルではあるんですが、時計についてモノローグやらでぐちぐち言いつつも外そうとしない氷雨をあらわしたタイトルだと思うんですよね、これ。

で、二人の関係の話で言うと、やっぱり「ドアの鍵を開けるとき」——氷雨、倒理、穿地、美影の過去編に触れざるを得ません。謎そのものに関しては、チープ・トリックが関わらない事件の方が面白かったと言いましたが、それはそれ、これはこれで、この話で描かれる4人の過去はとてもよかった。

尤も、氷雨と倒理については理解が増した気もするけど、美影についてはもっとわからなくなった気もする。あのときああしたのはわかるけど、今でもその道を生き続けているのはなんでなんだろう。

続編があるのかわからないけど、続編があってほしいなぁ。

このシリーズの長編も見てみたいかもしれない。

以下、ネタバレ。

ノッキンオン・ロックドドア2 (文芸書)

穴の開いた密室

形容矛盾で浪漫あふれるタイトルです。

密室というと、「どうやって出るか?」を意識しがちですが、「どうやって入れるか?」を解決するための穴の開いた密室。実際、人の心理の盲点という感じがする。騙された。

300再生のYoutuberを馬鹿にした二人の再生数が8回でげらげら笑った。

 

時計にまつわるいくつかの嘘

さて、時計にまつわるいくつかの嘘に、氷雨のモノローグもしくは発言は含まれるのでしょうか?

はてさて。はてさて。

腕時計から被害者の行動を推理するというのはなんともクイーンっぽいなぁと思いました。楽しかったです。

 

穿地警部補、事件です

面白いのは、<探偵の失敗>が、犯人……ではない偽証者?に「手段」を与えてしまっているところです。実際には行われなかった犯罪を可能にしてしまう探偵というのは、優秀なんだかダメなんだかわからない。

まぁ現場にいなかった、十分に情報が得られなかったというのはありますが。エキサイトピンポンに熱中する成人済の探偵二人とそれに呆れてる薬子ちゃん、可愛すぎる……。

「人は変われる」というのは希望でもあるが、でも変わった人から被害を受けた、恨んでいた人間にとっては、地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸が切れてしまうような絶望を覚える瞬間でもあるのかもしれない。

でも過去の罪を糾弾されて死ぬっていうのも勝ち逃げじみているというか、勝手というか、それを改心と呼んでいいのかはいまいち納得がいかない。「女と男どっちの味方なの」という台詞も、うーんって感じ。そういう方向に落とし込むんですよね、というか。

社会というか権力というか、それを無視しようしていたのに、真実を追い求めた結果、相手にとって都合のいい決着になってしまうというのもなんとも言えない結末。

どうでもいいけど、冒頭、いかにも「いつもの」みたいな感じでお菓子の解説が始まるところでげらげら笑ってしまった。穿地警部補視点の事件は(今のところ)これっきりなのに、なんというか冒頭でお菓子の解説が挟まるのが定番なんだろうなぁって感じがしてしまう。

 

消える少女追う少女

推理小説を読んでいると、自分ではありえないような「どうやって?」が実現されてしまうので、この作品でも摩訶不思議な消失が説明されるかと思ったけど、まったく逆のどんでん返しでした。

自分がどう見られているか知りたい、というのはわかるようなわからないような。だいたいわかっているので、改めて試そうとも思わないような……。自分が認識する自分と周囲によって認識される自分が違うなんて当然のこと。

でも、思春期にありそうな感傷……でこんなド派手なことをやらかしてしまう潮路岬はどう考えてもとっても魅力的で、全然それに気づいていないのが最後に気づかされて嬉しくなってしまうくだり、よい。

薬子ちゃんとも連絡先交換してたし、たまにゲストキャラで出てくれるといいなぁと思うけど、殺人事件に巻き込まれるのは嫌だな。

教授の大物感!

自分のことを周囲が見てくれなかったと思ってしまう岬が、倒理のことを「自然体」と言ってしまうの、なんかいい。

「御殿場さんみたいに、自然体で生きられないんです」

「俺はこう見えて周りの目を気にしてるよ」 (p.158)

 そして問題の最後のやりとりですが……。自分が突然いなくなって探偵がやってきて、とか言い始める倒理に、「なんで他の探偵が出てくるのさ」と返す氷雨

あざといやりとりをやめろ!!!!!!!

(ここでいう「やめろ」は「やめろ」という意味ではない)

 

最も間抜けな溺死体

どうでもいいんですけど、「溺死体」って「溺死した体」というより「溺れた死体」というより「溺死した死体」をあらわしている訳で、ちょっと特殊な複合語ですね。「焼死体」とかもそうか。今度ちょっと記事にできたらしようかな。

それはさておき。

なんか高級な人がいっぱい出てくる事件。高級というか、金持ちというか……。

今回のチープ・トリックに関しては、前回の狙撃の鮮やかさ、毒殺の発想の逆転に比べると、シンプルな方向性のトリックではなくて、ちょっと物足りない。そもそも依頼が間抜けに殺したいという話なので、仕方ないのかもしれないけど。

にしても、御洒落げな美影のプロローグから始まる話が読めるとは……。戯れてる相手はルンバだけど。

 

ドアの鍵を開けるとき

氷雨と倒理の過去が明かされる話。

よかったんだけど、あんまり長々と語る気分にはならないかもしれない。大学生時代の全能感じゃないけど、卒業課題に取り組んでるゼミメンバーがかわいかったな。

「ミカゲ」というダイイング?メッセージが、「依頼」という展開には脱帽。

でも、美影がそのときの「依頼」にいつまでもいつまでも囚われているんだとしたら、彼にとっての氷雨は、倒理は、なんなんだろう。

「これはただの経験則だが。信頼できる友人が突拍子もない行動を取ったとき、そこにはきっと——誰かへの優しさがある」 (p.260)

教授の言葉、「突拍子もない行動」は氷雨に向けたものとしても、美影に向けたものとしても、倒理に向けたものとしても取れる。そもそも教授がこんなことを言うのも、突拍子もない行動なのかもしれないけど。

311の東日本大震災が描写されているのが気になる。本文で書かれているように、「世間の流れから切り離されている様子」を描写するためだったのか?

Youtuberを取り上げる「穴の開いた密室」、フェミニズム的なものと何やらバズりそうな記事を扱う記者が出てくる「穿地警部補、事件です」、新書やらVRやらをつくる金持ちが出てくる「最も間抜けな溺死体」、明らかにノッキンオン・ロックドア2では現代的・同時代的なモチーフが多く登場していて、震災もその一つなのかもしれない。

(現代から照射した数年前を描く上でぴったりくる描写と言えばそうだ)

氷雨の犯罪の動機は、ごく個人的なものであり、氷雨・倒理・美影・穿地にとってもあの事件は個人的なものでしかあり得ない。震災が、個人的なものでは絶対にあり得ないのと真逆に。

その個人的な事件を描く「ドアの鍵を開けるとき」において、個人的なものとは真逆の震災への言及があるというのは、多分意図的なものなのかなぁと思う。太宰治の「富嶽百景」で、月見草と富士山を対置させるような。富士山と月見草と違って、どちらも人が死に、傷つく事件なんだけど。