日記:「ムーンライズ・キングダム」

以前日記に書いたグランド・ブダペスト・ホテルと同じ監督が描く、少年少女の逃避行もの。

日記:「グランド・ブダペスト・ホテル」 - しゆろぐ

グランド・ブダペスト・ホテルの感想でも書いた通り、飛び出す絵本のような独特な映像が特徴的。そういう映像をCGを多用することでつくっているのではなく、あくまで画面内の人間やモノ、舞台の配置によって形作っている点で、単なる個性派と言われる映像作家とは一線を画している。

ムーンライズ・キングダム」で言えば、主人公の少年が森の中で地図を地面に置いて位置を確認する描写がある。その際、森の中で地図を広げているので、当然地面には落ち葉や石、まつぼっくりなんかが転がっているわけだけど……こういった画面内に写るすべての小物の配置を制御することで、絵本のような雰囲気を作り出すのがこの監督の偏執的な部分。数秒も映らないワンシーンがすべてこんな調子なので、観客は瞬く間にウェス・アンダーソンの世界に引きずり込まれてしまう。

 

さて、監督の話はそのくらいにして。

ムーンライズ・キングダム」は天涯孤独かつ問題児のボーイスカウトである少年サムと問題児として両親を悩ませている少女スージーの恋と逃避行の物語。どこかかわいらしいボーイスカウトの朝の習慣を描くシーンにしても、メガホンで子供を呼びつける母親にしても、作品内で描かれるディティールによって独特な雰囲気を醸し出す。舞台が島であるというのも、「こことは地続きではないどこか」を描いているという点で、そういう雰囲気を飲み込みやすいものとなっている。

基本的には少年少女のかわいらしい逃避行の物語だが、周囲や家族から疎外されてきた人間の悲鳴も確かに描いているため、単にかわいらしい話ではない。例えば家族と軋轢のあるスージーは天涯孤独であるサムがうらやましいと言ってしまうシーンがあるが、観客は何とも言えない気持ちを抱くだろう。

また、少年と少女の物語である裏面に、不器用な大人の物語がある。サムとスージーは中盤に引き離されることになるのだが、自分たちを引き離した母親に対してスージーは母親が浮気をしていることについて言及する。無鉄砲な逃避行という形で恋を実現しようとした子供と、隠れて浮気を続ける親の対比には、なにか感じるものがある。また母親の浮気相手である警部にしても、サムと会話が続かず酒を薦めるシーンなど、おおよそ大人としての役割を果たせていない様子が描かれる。

こうした大人たちが、問題児と最終的にどう向き合うのか。そういう保護者の物語としても楽しめる。でも、基本的には飛び出す絵本のようなかわいい映像による可愛い逃避行が楽しい話。おすすめです。

以下、ネタバレ。

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ネタバレと言いながら雑感を箇条書きにしているだけ。 

 

 キャンプの朝のシーンが、ずーっと横に動いていく長回しの撮影で印象的。もちろん監督の作風もあるだけど、キャンプという人工的な空間だからこそひたすら横にものを配置するという芸ができているんだと思う。あんなキャンプ場が実際にあったら絶対に変だけど、そういうことじゃない。

 

双眼鏡は魔法、みたいな、世界の見え方をすこしだけ変えるガジェットがいい。

 

上では書けていないけど、不器用な大人の物語としてはボーイスカウトの隊長の話とかも大事。

 

語り部っぽいことをしているおじさんで物語のリズムをつくっていく感じが面白い。

完全なる語り部ではなくて、作中世界を構成する登場人物でもありつつ、なぜか語り部っぽいことをしているというのに味わいがある。

 

舞台が島という隔絶された空間であること。飛び出す絵本のような映像づくり。ボーイスカウトの雰囲気。すべてが作中世界の独特な雰囲気づくりに貢献していて、駆け落ちの物語をあくまでそういう虚構として演出している。ただし、すべてがわかりやすい虚構として構築されているなかで、大人たちの物語に見られる現実の陰りのようなものが、この作品の深みとなっていると思う。

 

映画の結末においては、サムとスージーは駆け落ちして結婚するという非現実的な手段ではなく、親に隠れて会うというある種現実的、折り合いのとれた関係に落ち着く。

駆け落ちによって何が変わったのか、というのは難しい。わかりやすいところで言うと、ボーイスカウトにおけるサムの扱いが変わっただろうし、彼が家族を得たというのも大きな変化だろう。だが、そういう具体的な変化より、二人の問題児を救うために不器用な大人が命を張って手を伸ばしたという事実が、何より重大なのだろうと思う。