日記:「グランド・ブダペスト・ホテル」

たくさんの人がさまざまな感想を書いているだろうから、映画に詳しくもない自分が改めて語る必要はない気もするのですが、しかしやっぱり感動したものについてはその感動を書き記したいものです。 

 

もし映画を知らない人がいて、「映画とは何か。映画のどこがおもしろいのか」と聞くとしましょう。そう言われたら、私はこの「グランド・ブダペスト・ホテル」を差し出して、「映画とはこういうものだ」「面白いだろう」と説明します。言葉を並び立てるより、見ればわかる。むしろ見なくちゃわからないのがこの作品だと思います。

まず、病的なまでに画面づくりが綺麗です。この監督は画面を左右対称にする隙があれば、必ず左右対称にする人です。しかし左右対称でなくても、やっぱり画面づくりが徹底しています。ただしそれは単なる偏執狂ではなく、どこか絵本のようにかわいらしく不思議な世界観に貢献していて、眺めているだけでもミニチュア写真集のように楽しめます。

そしてこの作品が凄いのは、その偏執的なまでに洗練された画面が、これまた偏執的なまでに洗練された形でぐいぐい動いていくのです。あるときは平面的に、カメラがだーっと横に進んでいって、ロープウェーが進んでいく様子やコンシェルジュがホテルを動き回るさまを映します。あるときは2階のテラスを横から映していたカメラが、90°回転して1階の玄関を上から映します。言葉でうまく説明できているかはわかりませんが、人間の通常の視界に寄り添うような映し方であれば、横側にカメラがぐいぐい動くことはあまりありません(人はだいたい前に歩きます)し、勢いよく空中でカメラが90°回転するのも不自然です。ホテルや監獄、美術館、さまざまな場所を遊園地のアトラクションのようにライドに乗って楽しんでいくかのような視点、と言えるでしょうか。そういう、ジェットコースターみたいな映像の快楽がこの作品の特徴です。この作品の画面を絵本と言うなら、映像は飛び出す絵本のようだと言うべきでしょうか。

加えて言うなら、物語もとても気持ちよくつくられています。単純かつ分かりやすい筋書きながら、次々に進んでいくので飽きさせません。とあるコンシェルジュに向けてホテルの常連客から遺言が残されていて、遺産が相続されることになる。しかしそれをよく思わない親族の手によって常連客を殺した疑いをかけられる。監獄に入れられる。脱獄する。逃げつつ、真相を握っている重要人物を追う。その中で、凄腕のコンシェルジュと彼にあこがれるロビーボーイの友情も深まっていく。わかりやすい! わかりやすく次々に物語が襲ってくるから、夢中になれる。それが先ほどの飛び出す絵本のような映像と組み合わさるのですから、もう最高です。

 

 

私はこの作品を初めて見たとき、恥ずかしながら2014年の作品だと気づいておりませんでした。

完全に、90年代くらいのいわゆる「過去の名作」みたいなものなんだと思い込んで見ていました。私の認識が雑すぎるのも問題ですが、「かつての映画」への愛があふれた作品で、そういう点でつい昔の作品だと思い込んでしまったのでしょう。90年代だと思っていた理由は作中で1985年の数字が出てくるからで、それがなかったらもっと昔の映画だと思い込んでいたはずです。

まぁとにかく素晴らしいので見てほしい!

以下ネタバレ

グランド・ブダペスト・ホテル (字幕版)
 

 

 完全に自分用のメモ

 

・ホテルの外観にはミニチュアが使われていたらしいが、人間が映っているシーンであっても雰囲気がどことなくミニチュアや絵本めいているのでそこまで違和感がない、というのがすごい。実写で映像を完璧に制御して、画風とでも言うべき世界観の色を構築している。そういう意味では、とてもアニメ的な映像。それを実写でやるから狂気。

 

・直接的にグロテスクなシーンはないのに、怖い、と思える殺人描写が凄い。美術館のシーンとか、殺害直前まで弁護士の視点で描かれているのがなんとも。

 ただコメディタッチなのに人が死ぬシーンがわりと多いので、切り替えが追い付かないところはあった。

 

・パッケージに登場人物がたくさん載っていて、グランドホテル形式の作品っぽいけど、完全にミスリードじゃない?

 

・大人と子供の友情が明確に描かれていて、とてもいい。

 

・銃撃戦のシーンとか「そうはならないでしょ!」という感じだけど、「グランド・ブダペスト・ホテル」の中でのリアリティとしては完全に正しい描写、というのが凄い。

 

・コミカルな作風の作品の結末に、序盤で描いたワンシーンと対比した苦い現実を描くことで、喪われたものを描くという戦争の描き方はとてもいい。

 

・すべてのシーンがいちいちいいので語りつくせない。

 敢えてあげるなら、ピンクの箱で埋め尽くされた荷台で見つめあうところ。あとホテルの描写が全般的に好き。

 ゼロが第19犯罪者拘留所の門をたたいて、横の小さいドアを案内されるところ。

 あと、鍵の秘密結社。あとあと、サブタイトルが出てくるときの画面も好き。

 モチーフというか、キーになる場所やアイテムの選び方のセンスも最高。

 

・ゼロもグスタフも色々あるけど魅力的だった。そんな感じ