日記:「メルカトルと美袋のための殺人」

以前、とりあげた「メルカトルかく語りき」に登場する銘探偵メルカトル鮎とワトスン役の美袋にまつわる短編集です。 

日記:「メルカトルかく語りき」「貴族探偵」(ネタバレなし) - しゆろぐ

「メルカトルかく語りき」より以前に発表された作品だが、メルカトルのひどい探偵っぷりは「メルカトルかく語りき」よりすさまじいかもしれない。

「メルカトルかく語りき」がメルカトルが担当するにふさわしい事件を集めた作品集というのなら、この作品はまさしくメルカトルと美袋の「ため」の殺人を集めた作品集。事件が主体である「メルカトルかく語りき」と、キャラクターが主体である「メルカトルと美袋のための殺人」と言えばわかりやすいだろうか。

とはいえ、そのトリックや謎解きの水準が低いわけではない。

遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえるは結末だけ聞けば声に出して仰天してしまうような解決編だが、しっかりと伏線が貼られており、読者に納得できる形で離れ業を演出してくれる。その上、美袋の恋心と悲しみも味わい深く描かれており、美袋のために事件を解決するメルカトルのやさしさのような何かにも驚かされる。

メルカトルのサディストぶりが味わえる短編としても、翌日の観劇に間に合わせるために学生を脅しながら捜査を断行する化粧をした男の冒険や、メルカトルが執筆した短編ミステリの謎に美袋が挑むノスタルジアなど、およそすべての作品でメルカトルのひどすぎるキャラクター性が光っている。事件の内容も、退屈したメルカトルが依頼人を呼び込むなど、型破りなものが多い。

そういった作品集が、最後のシベリア急行西へに限ってオーソドックスで正統派なミステリで締められているのも面白い。

個人的に好きなのは冒頭の「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」、ラストの「シベリア急行西へ」、そしてちょっとした文章の伏線とメルカトルのひどさがいかんなく発揮されていて、しかし笑えるどころかすこしぞっとする「彷徨える美袋」の3篇だろうか。でも全部面白かった。

メルカトルと美袋のための殺人 (集英社文庫)

メルカトルと美袋のための殺人 (集英社文庫)