日記:「友達以上探偵未満」

勝てばホームズ。負ければワトソン。

こんな文章の帯に惹かれていつか読もう、と思っていたのですが、気が付けば手元にありました。麻耶雄嵩の新作。二人の女子高生探偵による推理ショー。松尾芭蕉の俳句に見立てた殺人劇。17年前に亡くなったという、お堀の幽霊の謎。合宿で起きたミステリ。3つの謎に、考えるのが苦手な名探偵志望伊賀ももと、刑事からも一目置かれる名探偵志望上野あおが挑みます。

麻耶雄嵩本格ミステリの極北と言われるほどの作家なのですが、この作品は比較的ミステリとしてはオーソドックス。私が今までに読んだ麻耶雄嵩は「メルカトルかく語りき」「貴族探偵」「貴族探偵対女探偵」だけなので、比較的王道なものばかり読んでいるのですけど。しかし、彼はいかに王道な推理であろうと、そこにミステリに対する問題意識を投げ込むことをやめません。というか、おそらく「こういう問題意識を描くには、王道なトリックにする」という逆算が潜んでいるのではないでしょうか。彼の作品を全然読んでいない私が言うと、後ろから刺されそうですが……(むしろどんどん読んでいきたいので、おすすめの作品がある人はじゃんじゃん刺してくださいね!)

 文字を大にして言うなら、これは2018年最大の百合小説と言っても構わないと思います。ふだん文字を大にしないので、とても恥ずかしい気持ちになりました。なぜ百合か、というのはネタバレありで後半で語ります。つまり、この作品が百合であるという事実はこの作品の根幹にかかわっているということです。女と女がちょっといちゃついてるとかほわほわ仲良くしてるとかそういう話に終始しません。本格ミステリ作家が描くミステリへの問題意識、「探偵とは何か」という疑問が結果的に生み出した最強の百合をとくとご覧あれ!!!!

 

なんか全然内容について触れてないですね……。

この作品、読者への挑戦状がついているのですが、ちょっと面白いです。

※この小説は犯人当てになっています。次へ進む前に、しばし立ち止まり誰が犯人か考えてみてはいかがでしょうか? 一句詠むだけでも構いません。p.101

私は推理をしたので一句詠んでません。俳句は文字数が少なくて難しい……。

ネタバレにならない表層的な話をすると、元気で向こう見ずなももと、冷静なあおのやりとりが面白いです。事件の情報を整理しているあたりも、もものすっとんきょうなコメントとあおの冷静なツッコミ(もしくは黙殺)のやりとりが軽妙なので、するする読めます。するする読んでいるうちに挑戦状が出てきて、「犯人の見当もつかない!」となったりするのですが……。

ミステリとしても面白いです。特殊な舞台設定が見事なトリックを形成している「伊賀の里殺人事件」、夢うつつで殺人計画を聞いてしまった女の子のモノローグから始まる「夢うつつ殺人事件」、どちらも「お!」と言う感じのメイントリックで美味でした。最後の作品に関しては、ちょっと百合すぎてトリックから意識がそれていましたが……。もちろん推理もトリックも最後まで面白いものでした。

以下ネタバレです。ミステリの話と百合の話をします。みなさんも読みましょう。

友達以上探偵未満

友達以上探偵未満

 

 

まず、百合の話じゃなくて、推理の話から。この作品は3つの短編がのっているが、うち挑戦状がのっているのは2つ。 私の戦果は一勝一敗でした。

 

伊賀の里殺人事件

犯人あてました! 勝ち!

ゲリラ豪雨なのに雨を利用した見立て殺人なわけないじゃん→じゃあ雨の後のアリバイじゃなくて雨の前のアリバイが重要なのか→黒忍者に体型的・時間的に変装可能なのは誰? という形。ただ見立て殺人であることが偶然だったとして、雨が降ったあとに殺人が起こった可能性もやっぱりあるんじゃないか?とかうだうだ悩んだりはしました。ももが見立て殺人の推理をしたことを知っていてかつ雨のあとにアリバイがなかったネオ芭蕉とかは最後まで疑ってました。

第二の事件を見立てにする理由、というところでやっぱり雨の後にアリバイがある人間に絞りましたが、これってロジカルと言っていいんですかね。

 

夢うつつ殺人事件

犯人外しました! 負け!

一つ目が解けたので調子に乗っていたのですが、問題編が終わったところで何もわからずに立ち往生。

メインのトリックはなんとなくわかっていて、「夢うつつ」で聞いた会話はたぶん殺人計画じゃないんだろうな、と。直感ですが。最初は相生さんを脅かすための会話を勘違いしていると思っていたのですが、愛宕くんの名前がでてくるのがどうにも不可解で……。考えに考えた末に作中で言われていた「夢うつつ」で聞いた会話に関する解決にはちゃんと辿り着きました。その解決から辿り着く帰結にも。

辿り着いたうえで、犯人を外しているのは本当にお粗末です。ももも言っています。

「本当にバカね、お兄ちゃんは」「ここまでくれば私でも解るのに」p.183

文字通り「ここまできた」上で2択で外してしまったので、この台詞がダイレクトに悔しかったです。証拠品は大切に!

 

さて、ここからは百合の話です。作中でちりばめられた伏線回収の話でもあるのですが。といっても読んだ人はわかる話しかできないような気もします。つらい……。読んでない人にこそ魅力を伝えたいのに……。

 

夏の合宿殺人事件

最後の短編はあおとももの過去のお話です。

何が百合ってやっぱりあおのモノローグ。ほとんどももの視点から描かれていた本作はあおの視点が出現したとたん、今まで見ていたのとは別の世界を映しだします。

自分と同じ探偵志望だというのに全然推理がなっていないももを、あおは最初叩きのめそうとします。そして実際に推理で差を見せつけたあおはももを見下してほくそ笑もうとするが、悲しそうなももを見た途端、あおはももの笑顔が見れないことに耐えがたい悲しみを覚えます。あおは気づくわけです。ももがそばにいてくれることが自分のためになると。だからあおは、ももをワトソン役に仕立てようと!

でも、あおは単にワトソン役が欲しいだけではありません。これは以下の引用からも明らかです。

たしかにももが望むように、実務に長けた空はワトソン役に適しているのかもしれない。だがあおはももが欲しいのだ。 p.260

そう、わかりますか? このあおからももへの莫大な感情が。この時点でのあおの理解の中ではももをあくまでワトソン役として欲しがっているわけですが、ワトソン役が欲しいだけじゃないんです! あおは、ももが、ほしいんです!!!!!!! 一緒にいたいんです! 少し前にこんな文章もあります。

隣で読書をするあおに凭れかかることもしばしば。重い。邪魔だと感じながらも、どこか心地よかった。p.240

 ワトソンとか関係ありません。もたれかかられる重みがどこか心地いいのにワトソン役が関係あってたまるか!

推理の際も、あおの莫大な感情を伴ったプロローグが続きます。

その調子で名探偵の推理を最も間近で聞く快感に目覚めてくれればいい。真相を真っ先に聞ける快楽から逃れられなくなればいい p.262

名探偵とはこういうもの……あおはももの脳髄に焼きつけ永久に魅了するつもりで、力強く宣言した。 p.264

ももを叩きのめすような推理を続けながら、こんなモノローグを連発する、これが百合でなくてなんなのでしょうか? しかも、しかも、しかも、あおはこの後推理をくつがえされて、ももに対する認識を再度改めます。そして、なんと、あおとももは二人で一つの名探偵になってしまうのです……。このあたりの、動揺しながらもクレバーな選択ができるあおと、それにまったく気づいていないももの関係ね……。

 

全体を振り返って、この作品の見事なところは、ももを一見してワトソン役かのように演出していることです。推理をしているのはどちらかというとあおに見えます。しかし、二人で一つの名探偵なのだとあおが認識を改めた最後の短編(すなわり時系列上最初の事件)を読んだ上であと2つの短編を読み返すと、その印象は180度塗り替わります。

まず、解決編に入るきっかけは、いつもももです。解決編に入ったところでももが思いつく推理が、あおが推理を仕上げるための手がかりになっています。発想のももと論理のあお、という役割分担になっているわけです。

なおかつ「夏の合宿殺人事件」でももが自分の推理を覆したときの点数をあおは「50点」と言っています。これは二人で一つの名探偵桃青コンビを象徴する点数、のようにも思います。ももが50点でも、あおがいればそれは100点の回答になるわけですし、逆にももがいなかったら、ときにあおは100点にたどり着けません。二人合わせて100点なら、50点は満点みたいなものではないでしょうか。「伊賀の里殺人事件」の解決編であおが無表情で冷たく宣告しているように見える点数は50点です。でもこれは、ももの視点から、無表情で冷たく宣告しているように見えるだけ。その裏側のあおの内心を想像するととても楽しいです。「夢うつつ殺人事件」の55点という数字もなんだか意味深です。

 

ここまでさんざんあおの感情について書いてきたけど、もものほうも魅力的です。個人的に、あおに探偵としての実力差を見せつけられてしまって、心が折れそうになったところから奮起するシーンが大好きです。自分もあまり頭がよくないながら、頭のよさをわりと求められる世界に飛び込もうとしているので、見習いたい。

ずっと自分がなりたいと思っていたものが、自分の理想が、なぜか目の前に存在している。どうすればいいのだろう。p.209

こんなことまで思っていたももが、立ち上がり、帯にも書かれていた「この世界に名探偵は二人もいらない」というフレーズを胸に再起するんです。

頑張りたい……頑張りましょう……。

 

ところで、あおにとってのももは探偵を構成する一部ですが、ももにとってのあおは必ずしもそういう存在ではありません。むしろ、いつか寝首を掻いてやりたい相手。あおにとってのももと、ももにとってのあおはちょっと立ち位置が違うわけです。

あおも言及していますが、もし、この先ももがもっと論理的思考能力を高めていったら、二人の不均衡な関係はどのように変わるのでしょうか。

もし、この作品に続編が出るとして、そのときは麻耶雄嵩が彼の問題意識を問い直そうとするときでしょう。そのとき、二人の関係に何らかの転換が訪れるように思います。私は二人そろって名探偵であるという二人の関係性も好きです。

しかし、それがゆらいだ先にあるであろう二人の関係の変化は、もっと気になるのです。