日記:「図書館の殺人」

平成のエラリー・クイーン青崎有吾のデビュー作「体育館の殺人」から連なる裏染天馬シリーズ4作目の感想です。

「体育館の殺人」は「今ミステリが読みたいならこれを読め」と言っても良いほど、エンタメ・ミステリとしての完成度がすこぶる高い作品なのですが、この「図書館の殺人」はただのミステリというだけではなく、青春ミステリとしての完成度が本当に高いです。「図書館の殺人」でキャラものとして一気に化けたな、という印象です。

ネタバレにならない範囲で終盤の文を引用すると、「涙が出そうになったが、口元はなぜかほころんでいた」という一文にみられるような絶妙な感情を喚起する探偵の推理シーンは必見です。なんともいえないぞわっとした気持ちになります。

 

ミステリ面での面白さは、やはりダイイング・メッセージの内容を一切推理しないのに、ダイイング・メッセージが書かれたという事実からいろいろと推理していくというちょっと倒錯した推理の手順にあると思います。しかしこれはもっともなことで、ダイイング・メッセージは犯人を特定する「証拠」にはなり得ません。そのためミステリ作品ではダイイング・メッセージを扱う際には別の証拠を持ち出すことが多いわけです。しかし決定的な証拠にならないからといってダイイング・メッセージの中身を(最後の最後まで)無視してしまうというところに探偵の(ひいては作者の)性格が出ていて面白いですね。

これについては、作者の青崎氏もツイートを行っています。

 ここで挙げられている一つ目の「消去法にアリバイを使わない」というのも面白いところですね。アリバイは露骨に推理の手がかりになることがわかってしまいますが、そうではない特徴で犯人の特定を行う際は、「どの特徴が犯人特定の証拠に使えるのか」ということをまず考えなければいけないので、その分推理できると満足感があります。

 

また作中作として登場する「本」の使い方が素晴らしいです。「図書館の殺人」というタイトルに恥じない、一種のビブリオミステリとしても秀逸な作品だと思います。たった一冊の本に詰まったちょっとした青春の1ページと、それが「殺人」に巻き込まれてしまったがゆえに起こる物語。そういう部分の完成度も素晴らしいです。

そんなこんなで素晴らしい作品です。読みましょう。

この先ネタバレがあります。

図書館の殺人 (創元推理文庫)

図書館の殺人 (創元推理文庫)

 

 

 

ミステリ部分についてはミステリ読みの方がいろいろ書いていると思うので後回しにして、この作品の青春っぽさについてちょっとだけ書きたい。

「裏染くん、やっぱり名探偵だ」という文庫版p.434のセリフには青春っぽさが詰まっていると思うけど、それがどこに由来するものなのかはわからない。

「鍵の国星」が事件の鍵になる経緯としての、有紗と恭介のいたずらは露骨に青春っぽい。そこに存在しなかった本が捜査線上に浮上してくるミステリ的わくわく感もわかる。

しかしながら「鍵の国星」の真相がああいう内容だったとして、それが探偵役たる天馬に解き明かされたとして、そこに青春はあまりない気がする。ただの不幸な偶然でしかない。

有紗にとって力作のミステリ「鍵の国星」、その内容について、事件とのかかわりだけでいとも簡単に解き明かしてしまった天馬に対して、有紗はどういう感情を抱いたのだろうか。

指先から震えが這い上がり、それを押さえようと有紗は両肩に力を込めた。涙が出そうになったが、口元はなぜかほころんでいた。(p.434)

なんらかの救済がこのシーンに潜んでいるような気がするのだが、私にはうまく言葉にできない。

有紗が心の中に抱いていた、考えないようにしていた真実を探偵が言い当てることの、恐怖と、肩の荷が下りたような気持ち。そういうものが表現されているのだろうか。

うまく言葉にできないが、私はこのシーンが本当に好きで、衝撃で、印象に残っている。

それと同時に、このシーンを通じて裏染天馬という探偵がどこか遠いところへ行ってしまったような気もしている。もちろん愚鈍な私はもともと彼から遠いところにいるのだが。これもうまく言葉にできない。

学校の図書室での会話シーンとかもよかった。

ミステリの展開と物語の展開の同期がどんどんうまくなってる気がする。

 

ミステリとしては、英題の通りRed Letterが鍵となる証拠品になっていて、すっきり綺麗な感じ。しかしながら、わかりやすく提示されているダイイングメッセージとは違った形でRed Letterが重要になってくるというひっかけ。見事にひっかかってしまったし、こういう容疑者の増やし方があるのかぁと勉強になった。動機についてはあんまりしっくりきていないけど、まぁ家族っていろいろあるからなぁ。

私はミステリを全然読んでない素人だけど、このシリーズは素人にも気持ちのいい形で鍵となる証拠品から切れ味鋭い推理が繰り出されるので本当に楽しい。

 

いや、本当にいい作品だった。