日記:「玻璃の天」「鷺と雪」

昭和十年前後の令嬢と日常に潜むミステリを描いた短編集の第二巻と最終巻の感想です。

以前感想を書いた「街の灯」の続編ですね。

日記:「街の灯」 - しゆろぐ

この作品における「日常の謎」は日常を描くためにあるのだな、というのが最後まで読んだ感想です。当初、北村薫がそういうフォーマットで物語を書くのが得意だから、くらいに思っていました。しかし、最後まで読んでみるとやっぱり、この作品の主眼はミステリにあるのではなく、何かを際立たせるために日常のミステリが描かれているんだろう、という気がします。

 

描写が相変わらず綺麗で、わくわくする。図書館の描写、女学校で交流していく描写、当時の食事の描写、ステンドグラスの描写、浅草という場所の描き方、ぜんぶぜんぶ素敵。

『玻璃の天』でいちばんおもしろかったのは「幻の橋」。過去を探っていくことのロマンスが楽しい。前述のとおり、図書館の描写もいい。『鷺と雪』では、「不在の父」が面白い。「不在の父」はミステリ部分にはさほど興味を惹かれなかったが、いなくなったあとの彼の物語が興味深い。恥ずかしながら、当時の浅草という場所がどういう雰囲気の場所か私は知らなかった。だから、浅草に関する描写も勉強になった。

そしてなんといっても『鷺と雪』の表題作「鷺と雪」がよかった。「鷺と雪」を描くという終着点に向かってシリーズ一作目から淡々と前フリをしていた感じ。この短編は、史的記録が偶然に描き出した象徴的な出来事の連鎖を、小説という形式で巧みに描き出している。聞こえるはずのないブッポウソウの鳴き声。鷺。そして、非日常と日常がすれ違う瞬間。「鷺と雪」という短編が描き出す史的記録に基づいた美しい構図は芸術的で、難しい試みがうまく嵌っていて、ひとつの境地に到達している。

こういう作品を読むと、ああ小説を体験したな、という気分になる。

 

ただ、「鷺と雪」のラストシーンが途方もなく出来の良い絵であるにせよ、その凄さを理解するためには、作中で描かれている象徴的な出来事が史的記録にあることを理解する必要があるのかなぁと思う。単に創作であれば「綺麗な構図だなぁ」としか思わない比喩的な表現や象徴的な出来事を、歴史のなかに発見したということに、北村薫の凄みがある。

美麗としか言いようがない表紙も象徴的だ。時代に関する暗いものごとを描きつつ、しかし、どこまでも綺麗な描写が目立ったこのシリーズにふさわしい表紙だろう。並べて飾りたくなるくらい美しく、出来のいい絵だ。

玻璃の天 (文春文庫)

玻璃の天 (文春文庫)

 
鷺と雪 (文春文庫)

鷺と雪 (文春文庫)