小説:無題・リハビリ

小説・百合?

最近書いていないのでリハビリ

 

#無題・リハビリ 

 

 会場には、会議用の机が大量に並んでいた。もちろん会議じゃない。言うなれば創作のフリーマーケット。誰もが思い思いの作品を準備して、なるべく見栄えよく作品を配置して、節操のない趣味人たちがそれを買う。

 そんなイベントに申し込んで、〆切を設定して、つまらない小説を間に合わせて、当然売れずにほとんど持ち帰る。そんなサイクルを続ける必要は一切ない。売り子を頼む友人もいない。私には、野望もなければ、創作にかける熱意もない。

 あるとすれば、劣等感のような、行き場をなくした憧憬。

 一日中売れない冊子を眺めていると、次の作品の構想が湧いてくる。というより、妄想するより他に暇つぶしの道具がない。

 

 あー、あー、売れない小説を書く女の子の話でも書こうかな。

 あー、あー、さすがにそれってネタ切れすぎない?

 あー、あー、太宰治みたいなものだよ。私小説さ。

 あー、あー、大庭葉蔵は小説じゃなくて絵を描いてるんだけどね。

 

 そんな風に不遜な妄想をしていると、声をかけられた。

「やっほー元気してる? これ差し入れ」

 私は売れない冊子を眺めているばかりで、一瞬、反応が遅れた。

 声。嘘のように明るい声。道化のようで、舞台裏では冷めていそうな、愛すべき、

「……先輩?」

「はろー。卒業式以来だっけ」

 顔を上げると、先輩と目が合った。

 ぱっと見て思う。恰好が大人っぽくなった。どこが? まず髪型が。ダイガクセーじゃなくてシューカツセーでもなくて、「女の人」って感じ。艶のある黒で落ち着いているけど、ふんわりとうまく緩めている感じ。あと服装とか。私服だろうけど、ベージュを基調にした色合いで、普通にそのまま働けそう。

 私は無言で差し入れを受け取る。シンプルで高級感のある包装に包まれている。デパートで売っていたチョコレートらしい。

「まだ書いてるんだね、小説」

 先輩は懐かしそうに目を細める。

「先輩は、書いてないんですか」

 不愛想に聞いてしまったなと思う。質問ではなくて、ただの確認だから、そういう気持ちが隠せなかった。

 知ってる。書いてないんでしょ。書いてたら、「まだ書いてるんだね」なんて言わないもの。私は書いてるのに。先輩が書かなくなっても私は書き続けるのに。

「うーん。やっぱり忙しくってさ」

 困ったように笑う先輩は、でも、不満があるわけではなさそうだ。

「先輩は、もう書かなくても生きていけるんですね」

 毒づく私に対して、先輩は首をひねる。

(書いている限りは生きてられると思うから私は書く。つまんなくても。呼吸みたいなものだよ)

 そう言ったのは先輩だった。

 私は先輩の小説が好きだった。この世界をぜんぶ憎んでいるみたいで、率直に言えば青臭くて、呆れる人も多くて、でも私は好きだった。

 先輩はしばらく考えて、思い出したように声を出す。

「あー、あー、そんなこと言ってた頃もあったっけ。ちょっと黒歴史……」

「私は、覚えてます」

 先輩は恥ずかしそうに頬をかく。

「いじわるな後輩だ」

「はい、意地が悪いんです。だからいつまでも未練がましく小説なんか書いてます」

 こんなこと言いたいんじゃないのに。

「相変わらずだね。そんなところが好きだった」

 また、先輩は懐かしむように目を細める。きっと先輩は、私を通じて過去を見ている。小説を書いていたころの自分を見ている。さっきは黒歴史だなんて言っていたけど、本当はそうじゃないんだと思う。

 確かにあった痛みさえ風化している。先輩はもう過去の自分を克服してしまったんだろう。傷に満ちた日々さえ、懐かしむものでしかない。

「私は小説を書いているころの先輩が好きでした」

 私の嫌味ったらしい言葉に、先輩は微笑む。余裕を以て私に問う。

「今の私はもう嫌い?」

 無言、数秒、答える。

「……きらいです」

「そっか。私は今でも好きだよ。また会おうね」

 そんな言葉を残して先輩は去った。

 嫌味じゃなくて言えたらよかった言葉。「また先輩の小説が読みたいです」

 きらいじゃなくて言えたらよかった言葉。「……………………」

 なんだろう。あとから振り返ってもうまく言葉にならない。

 うじうじと考える。考える。言葉だけが私と先輩のよすがなのだから、考え抜いて、言葉にしなくちゃいけない。

 

 

(また会おうという言葉は社交辞令だ。)

 次の小説の冒頭を思いついた。

(どうせ会うことはない。私ばかりが社交辞令を本気にする。)

 恨み言のような。しかしながら、切実な感情。

(でもそれでいい。私のことなんか過去にしてしまえ。あなたにはあなたの人生があるのだから。)

 こんな感情でも、確かに、書いている限りは生きていられるのだから。

 

 

 

あとがき

小説がめっきり書けなくなったので、小説を書かなくなった人の話を書こうと思った。

といっても、私は作中の「先輩」のように何かを振り切ったわけではなく、かといって主人公のように愚直に書き続けているわけでもない。だからこの小説のどちらの立場の人間でもない。主人公(女)や先輩(女)が「好き」だの「きらい」だの言ってるのは趣味。

途中に出てくる名前、大庭葉蔵は「道化の華」および「人間失格」の主人公。いずれも太宰治の小説。「あー、あー、」で始まる4行のパートは雑にてきとーな演出で書いてしまった。本当にダサくて恥ずかしい。

太宰治の小説だと「猿面冠者」が小説家小説として最高なので読め。しかし騙されてはならない。「猿面冠者」は小説を完成させられない小説書きの滑稽な様子を克明に写し取っていてうっかり共感しそうになるが、そういう文章を書ける人間にほだされていはいけない。むしろ書き上げている癖に書けない人間を書けてしまうところを恨め。

まぁ普通に人生を送るうえで、小説なんて書かなくていい。でもどうしてか、そこに何かがあると信じたくなってしまう。滑稽な話だ。