シナリオ:星空の伝言
ふたご座流星群の夜なので、いつかどこかの学園祭で上映したプラネタリウムのシナリオをあげてみます。ストーリーの合間に、星の解説が挟まるといったストーリーです。あくまでプラネタリウムがメインで、ストーリーは添え物なので、シナリオだけで楽しめるかはわかりませんが、気分の悪い話ではないと思います。
大筋は私が書いた草稿をもとにしていますが、当時の同級生2人と3人で大幅に手直しして完成させました。つまり自分だけのものではないので、場合によっては削除します。
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私は冬が嫌いだ。
風が冷たいし、日が落ちるのも早い。
三年間通った帰り道も、夜が長いこの季節だけは雰囲気が違う。
昔よく立ち寄った公園にさしかかる。あたりはもう薄暗く、夜空にはちらちらと星が見え始めている。私はなんだか懐かしくなって、よく座ったベンチに腰をおろした。
空によくめだつ、砂時計のような形の星座がある。これは、オリオン座。
右肩のベテルギウスと、左足のリゲル、そして腰に輝く三ツ星が特徴的だ。
オリオンは神話に登場する狩人で、乱暴者だった。オリオンには恋人のアルテミスがいたけれど、アルテミスの兄アポロンは二人のことをよく思っていなかった。
そんなアポロンに騙されて、アルテミスはオリオンのことを遠くから弓で射抜き、殺してしまう。悲しみにくれるアルテミスの祈りを神々の王ゼウスが聞き入れ、オリオンを夜空に拾い上げて星座にした。
そのオリオン座の腰の三ツ星を左に伸ばすと、ひときわ明るい星にたどり着く。これが、おおいぬ座のシリウス。古代エジプトの人々はこの星を見て、ナイル川の氾濫の時期をはかったといわれている。
オリオンの右肩に輝くベテルギウスと、おおいぬ座のシリウス、その近くにもうひとつ明るく光る星がある。こいぬ座のプロキオンだ。
プロキオンはおおいぬ座よりも先に空にあがるから、「犬の前に」という意味を込めて名づけられた。こいぬ座はプロキオンとその隣にあるゴメイサ、二つの星でできた一直線の星座だ。
そしてオリオンのベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、それらを結べば冬の大三角になる。
冬の星空は美しい。街灯りの下だろうと星座を探すこともできる。
私は冬が嫌いだ。
あまりに星が綺麗で、もう隣にいない彼のことを思いだすから。
彼と歩いた冬の帰り道。ふたり並んで座った公園のベンチ。
(回想)
男「この前はどこまで話したんだっけ」
男「じゃあ次はふたご座かな。冬の大三角から上の方に目線を動かしていくと、仲良く並んだふたつの星が見える。明るい方が弟のポルックス、暗い方が兄のカストル。二人は人と神様のあいだにうまれた双子で、弟のポルックスだけが神様の血を受け継いで不死身なんだ。あるとき兄のカストルが死んでしまうのだけど、弟のポルックスは不死身だからカストルと共に死ぬことすらできない。だからポルックスは、ゼウスに祈ったんだ」
女「それで、助かったの?」
男「ゼウスはポルックスが持っている不死身の体を、双つに分けたんだよ。そうして二人は一日おきに神々の世界と、あの世とでそれぞれ一緒に暮らせるようになった。そのあとゼウスは二人の兄弟愛をずっと示すために、二人を星座にした。だから今も、夜は星座になって双子は一緒にいる。そういう神話が言い伝えられてるよ」
女「それってハッピーエンドなの?」
男「ハッピーかはわからないけど、空を見上げればこうして形に残っているというのは、悪い終わり方じゃないかもしれない。だって神話ならともかく、僕たちが生きてる世界では死なない人はいないんだから」
女「まぁ、そうだけど」
男「次は、オリオン座の上に視線をぐーっとあげると見えるのがぎょしゃ座。五角形が目立つでしょう?」
女「うん。ひとつとっても明るい星があるやつ?」
男「うん。それはカペラだね。ぎょしゃ座は、エリクトニウスというアテネの王さまの星座。彼は足が不自由だったんだけど、馬車を発明した功績をゼウスにたたえられて、星座として空にあげられた」
女「悲劇から星座になることもあれば、功績から星座になることもあるんだね」
男「そしてオリオン座の三ツ星を右にのばしていった先に、V字に並んだ星たちと赤い星が見える。それがおうし座と、おうし座でいちばん明るい星アルデバラン。おうし座はエウロパという美少女ををさらうために、ゼウスという神様が化けた姿。」
女「ゼウスは、いろんな星座を夜空にあげた神様だっけ。でも、いっとき化けた姿が星座になるなんて、贅沢」
男「そこは神様だからだろうね。ゼウスが化けた姿はほかにも、はくちょう座やわし座という形で残ってるよ」
女「そういえば、冬の大三角には他の星座みたいな神話はあるの?」
男「冬の大三角は星座とはまたすこし別だから、神話があるわけじゃないかな。星座は、昔の人たちが星の並び方を神話に重ね合わせたものだけど、冬の大三角は純粋に形からそう呼ばれてるものだから」
女「そうなんだ。すこし残念かも」
男「でも僕は冬の大三角、結構すきだな」
女「どうして?」
男「わかりやすいから。シンプルで、小さい子供でも、星に興味がなくても簡単にも覚えられるでしょ? 世の中には星が好きな人もそうでもない人もいるけど、冬の夜にふと空を見上げて『あれが冬の大三角だっけ』と三つの星をつなげてくれたら、すこしでも夜空を眺めてくれたら嬉しい。冬の大三角がいつ、どこでそう呼ばれ始めたのかは知らないけど、きっと世界中いろんなところで昔の人たちが、あそこに大三角形を見出して眺めていてもおかしくないと思う。やっぱり、分かりやすいから。
それに星のつながりは、人のつながりでもあると思うんだ」
女「あなたが今、私に星座を教えてくれてるみたいなこと?」
男「うん。家族でも友達でも、星を一緒に見た記憶は、空をみあげるたび思いだせる。あの日あのときあの星を一緒に見た人がいる。冬の大三角は、そんなことを思い出すきっかけになると思うんだ」
女「意外に、ロマンチストだったんだね」
男「残された時間が少なくなると、多かれ少なかれそうなるものだよ」
男「まだ、すこし話したいことがあるんだ」
(回想終了)
彼との時間はあまり長くなかった。
彼が若くして亡くなってからも、冬の星をみるたび、すこし、彼のことを思い出す。
彼が残してくれたものは、星の知識だけだった。
妹「すみませーん、星を見ているんですか」
女「え? あ、はい。そんなところですが、あなたは?」
妹「星が好きな兄がいて、このあたりでよく眺めていたんです。私もときどき空を眺めているんですが、どうにもわからなくて。星を見ている人なら、色々詳しいかなーって」
女「どうにもわからない、って?」
妹「星の名前です。名前がわからないと綺麗だなって思っても覚えておけないような気がして、もったいないでしょう?」
女「お兄さんに教えてもらったりとかは?」
妹「兄は、一年ほど前に亡くなりました。病気だったんですが、もっと話しておけばよかったと思ってます」
彼の妹だ、と直感した。
私はこの子にすこしだけ星座の名前を教えてあげることにした。
女「あれがオリオン座、こっちがおおいぬ座、そっちがこいぬ座で、次はふたご座、で、ぎょしゃ座があって、おうし座がある」
(セリフに合わせて星座絵だけを切り替えていく)
妹「星が好きなんですね」
女「別に。たまたま知ってるだけだよ」
妹「たまたま知ってるだけでも、良いじゃないですか。こういう話って人から人へ伝っていくから、素敵なんだと思います。私も、お話しがきけてよかったです」
妹「兄もばかみたいに星が好きだったんですけど、最初のきっかけはちょっと面白いんですよ」
女「きっかけ?」
妹「同じ道で帰る好きな人と、話せる話題が欲しかったんですって。ばかみたいでしょう?」
女「たしかに、馬鹿みたい」
妹「私なんかその話聞いたとき笑い過ぎて怒られちゃいました」
女「それでお兄さんはその人に気持ちを伝えられたの?」
妹「そこまでは問い詰めませんでしたけど、プレゼントは渡せたと言ってました」
女「プレゼント?」
妹「本物じゃないけどダイヤモンドを渡せたって。そう言ってました」
彼がいちばん好きだったという冬の大三角。それをもっと大きく広げたような、冬の夜空に輝くダイナミックな六角形がある。
オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックス、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン。
贅沢に1等星だけでつくられたその六角形は、冬のダイヤモンドと言われている。
彼は言った。
「家族でも友達でも、星を一緒に見た記憶は、空をみあげるたびに思いだせる。あの日あのときあの星を一緒に見た人がいる。そんなことを思い出すきっかけになる」と。
ああ、そうか。
見上げればいつもいる星たちこそが、彼からの贈り物だったのか。
本心を言えば、好きだと言われたかった
それももう叶わない。
だけど彼は、彼なりのメッセージを残していた。
冬の寒空を見上げれば、彼の残した六角形が浮かんでいる。
私は冬が嫌いだ。
どうしようもなく彼を思い出してしまう冬が嫌いだ。
やっと気づいた贈り物だって、やっぱり彼を思い出す理由になってしまうはずだ。
でも、彼の話を受け取った私の人生は続く。
星にまつわる知識は、人から人へ伝わってきた。彼はもういない。けれど、彼は私に星のことを伝えてくれた。今日、彼の妹に出会い、私も星について伝えることができた。彼の残したものが、そういう風に伝わってゆく。
それは、私のこれからにつながってゆく。彼を思いだして、暖かい気持ちになれる日が来る。純粋に懐かしみながら、星の話をできる日が来る。
きっと私は冬を好きになる。
そのときになったら、あなたにお礼を言おう。それまでは冬の夜空で待っていてほしい。