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日記:LA・LA・LAND

 まず、ネタバレをしない全体的な感想。

 映像の快楽として最高だった。

 賛否両論があるのはよくわかって、よくもわるくもディズニーランドのショーみたいな感じ。これはミュージカルだからというわけではない。だったらディズニー映画みたいと言う。

 ディズニー映画それぞれのことはよく知らないけど、各作品の要素やエッセンスを引き抜いてきて切り貼りして王道でいい感じにまとめあげたものがあそこでやってるショーで、ラ・ラ・ランドも似たものを感じる。もちろん、それに終始するわけではないし、作品独自の新規性みたいなものもあるんだろうという気はする。

 とかいうけど、ラ・ラ・ランドで名前ががっていた作品も全然見ていないし、カサブランカだって名前しか知らないし、オマージュにひとつも気づかないような人間だから、基本的には知ったかぶり。知ったかぶりだからこそ、これが新しいのか焼き増しなのかはよくわからない。

 そんな映画もミュージカルも見ない人間なりの感想を、ここ以降はネタバレ容赦せずに書いていきます。

 

 

 

 ここからネタバレあり。

 ラストシーンの畳みかけるような映像が本当に好きだ。

 改変された過去に始まり、セブを首にしたバーの店主?もにこやかに指をならす。その後、古い映画のセットのような街並みがあらわれたり、ひたすら自由な映像が始まる。冒頭の渋滞した道路もちゃんとでてくるのが粋。こういう工夫は、長編としての映像の気持ちよさにつながってきていると思う。

 そのまま、あったかもしれない未来(過去?)を描きながら、おそらくたくさんの映画のオマージュをまじえつつ、ひたすら映像で魅せる。ミニチュアの街を二人が歩くなんていう素敵なシーンもある。このシーンは百回見たい。ラ・ラ・ランド全体に言えることだが、CMで見かけたら目を引いてついつい検索してしまうような、短編として凝った映像をバンバン見せてくる。これは現実なんだかよくわからない、ミュージカル的演出だからできることだろう。ただ単に異世界を描く映像美では、その世界の現実に縛られるから、ここまで好き勝手やれない。

 そんな風に、とにかく楽しいラストシーンだが、本来は切ないシーンだ。もう二人で過ごすことはないであろう二人がもし一緒になっていたら、という映像だ。それなのに盛り上げてくる。その映像に楽しくなったり嬉しくなったりするほど、悲しくなって切なくなる。切ない映像を使わずに切なくさせる、巧みな演出に惚れ惚れする。

 一方、こういう飛躍はかなり文脈に支えられている。冒頭で、渋滞の道路で歌って踊るというシーンがあり、これは「この作品はミュージカル的な世界ですよ」という宣言みたいなものだろう。ただ一人で感情を歌い上げるシーンではなく、渋滞した道路という、「歌って踊っちゃダメだろ」というところを冒頭に持ってくることで、インパクトを与えつつ視聴者を納得させる。一方、この時点では、物理的?に無理なことはしない。ミニチュアの街は歩かないし、セットも出てこない。

 プラネタリウムのシーンで、ラストシーンに手を伸ばすような飛躍を行う。プラネタリウムでなぜかミアが空中に浮いて、そのまま二人は宇宙でダンスをする。このシーンもインパクトはあるけれど、冒頭で慣らされているから受け入れることができる。そしてこのシーンが、ラストで過去を改変し、ミニチュアの街を歩いたり、セットを悠々と歩いて行ったり、といったシーンにつながる架け橋を行っている面もあると思う。

 ただ、そこまでミュージカルに染まった作品か、と言われるとそうでもないんじゃないか、とはちょっと思う。冒頭の盛り上がるナンバーが終わると、主役二人の曲が中心になっていくし、やがてミュージカル的演出で歌って踊っているというよりは、ジャズで本当に踊っているんだろうなというシーンも増えていき、「街で突然歌いだす」のような典型的なミュージカルっぽくはなくなっていく。そこまでミュージカルに詳しいわけでもないけれど、主役だけではなく脇役のための一曲があったり、町や場所、時代や情勢を描くためだけの曲もミュージカルっぽさの一要因だと思っているので、それがすくないのもすこし寂しい。(もちろん冒頭の曲こそが、そういうシーンなんだけど、冒頭がそうだったからこそ、という感じ)

 全体的には面白かった。小学生のころに見たら、映画監督になりたいと言い出しただろうな、というくらいには。

(ゲームをやるたびにゲームをつくりたい、と言い出す人間だったけど)