日記:「ノッキンオン・ロックドドア」

イチオシのミステリ作家・青崎有吾の連作短編集を読みました。

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最近、文庫化されたもので、コンセプトは「不可”解”担当と不可”能”担当」の二人一組の探偵、です。

不可解担当とは「何故そんなことをしたのか、何故そんなことが起きたのか」というWhy?に関する謎を担当しているということで、不可能担当とは「どうやって事件を起こしたのか、あり得ない状況をどうやってつくったのか」というHow?に関する謎を担当している、ということです。

この作品は連作短編集としての構成が素晴らしくて、この探偵のコンセプトにあった「なぜ?」と「どうやって?」がくるくると入れ替わるような事件を2回描いたあと、お互いが別の事件を担当するエピソード、更には二人組の探偵の過去に関わるエピソードが続きます。

一度定型を作ったかと思えば、すぐにそれを崩してキャラクターの関係性に物語を落とし込んでいく。そういう手際が非常に上手な構成の短編集だと思います。

主役二人の敵役として登場する糸切美影が好きです。彼の発案するトリックの特徴も含めて。解く側にも、謎をかける側にも個性があるっていうのが面白いです。

 

また、偉大なる探偵小説の先達であるホームズとワトソンは、男性どうしのブロマンス的な関係性、というところにも魅力がある訳ですが、この作品の二人組もそういった魅力にあふれています。探偵と助手、ではなく、探偵と探偵であることが、謎や推理だけでなく関係性の面白さにも一役買っているんですよね。

依頼人からの「どっちが探偵?」に始まるお決まりのやりとりに始まり、お互いに「この事件は自分の担当だったようだ」と言いながらちょいちょいマウントを取りながら、でも最終的には協力的な姿勢であったり。

個人的には、二人組の探偵というところで、友達以上探偵未満も思い出しました。

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ノッキンオン・ロックドドアは、二人組の、ある種(一人では)”不完全な”探偵像を、男性の探偵が担っているのも面白いなと思います。

メタ的な「解答」役の名探偵の権限は、作品の構造上の絶対的な地位ともいえるわけですが、それを持っていないけど頑張る探偵像、二人でようやく解答役となる探偵像、みたいなものは「女には向かない職業」のコーデリアしかり「貴族探偵対女探偵」の高徳愛香しかり、女性キャラクターで描かれる印象があり、男性にそういう役割が充てられている作品は(あるのかもしれないけど私が読んでいる中では)少なかったんですよね。

以下、ネタバレ有(というほどでもないけどネタバレしない保証はしない)で各エピソードについて語る。

ノッキンオン・ロックドドア (徳間文庫)

 

・ノッキンオン・ロックドドア

表題作。この作品のコンセプトを体現したエピソードであり、「ノック」や「ドア」がカギになる事件というのも面白い。ダイナミックなトリックとその意図に脱帽。

二人の探偵、倒理と氷雨の軽妙なやりとりにも一瞬で心をつかまれてしまった。

「おまえは個性が薄すぎるんだよ」

「探偵に必要なのは個性じゃなくて推理力」

「はは、それ決め台詞にしろよ」 (p.18)

「混沌が俺の美学なんだよ」

「それ、決め台詞にすれば?」 (p.25)

 

・ダイヤルWを廻せ!

トリックというか、謎の解決自体は正直そこまででもなかった。

二つの、事件に見えなさそうな事件が繋がって全体像が見えてくるという構成は面白かったけど。

別行動をした倒理と氷雨が、それぞれお互いにとっさに声をかけようとしてしまうのがめちゃくちゃポイントが高い。

特に氷雨は、実質的に薬子さんに声をかけてしまって「あっ」って感じになるのがとてもいい……とても……。

 

・チープ・トリック

因縁の敵、糸切美影の登場エピソード。

歌詞を置いていく犯罪立案者、というのは流石にキザったらしい印象を受けるけど、文字通り「チープな」トリックで不可能に思えた狙撃を可能にしてしまう、という手腕はあまりにかっこいい。

チープなトリック、安易なトリック、気づいてみれば「そんなことか」というネタほど発想の逆転や普通と異なった視点が必要な訳で、言うは易しというか……。

そして、そういう設定にぴたりと当てはまるような事件・トリックを考案できる青崎先生やっぱりすごい。

 

・いわゆる一つの雪密室

ちょっと強引なトリックのようにも感じたけど、雪であることに大きく意味を持たせていて、どのように密室を突破するか、という発想も面白かった。

 

・十円玉が少なすぎる

十円玉が必要、と言われたら、私は割とすぐアレが思い浮かんでしまうけど、そのアレを導くまで丁寧に推理をしているのもとても良い。タイトル・内容が有名作品のパロディなのは皆さんご存知の通り。

薬師寺薬子さんも割と強烈なキャラなので、もっと出番をください……。

 

・限りなく確実な毒殺

満を持してという感じの、糸切美影との対決編。

これもやはり、”チープ”でありながら、画期的というか、面白いトリック。衆人環視のパーティ会場で、「毒」をどのタイミングでグラスに入れたか。毒殺もののミステリだと、有栖川有栖の「ロシア紅茶の謎」が自分が読んできた中でトップだったけど、別枠でトップクラスの毒殺ものに数えたいトリックという感じがする。別枠というのがミソ。

しれっと倒理にチョコレートを買っていく氷雨くん……。