日記:「犬も喰わない」

彩景でりこ先生の「犬も喰わない」という漫画を読みました。

表紙からしてオシャレ感漂う。

冒頭もいい。探偵が不倫の現場を抑えるために、ホテルの前に張り込んで、出入りするカップルについて論評していると、ターゲットがあらわれる。そのターゲットは、あくまで探偵の視点のまま、わかりやすく画面に映し出されない。このターゲットの不倫相手・奥園こそが、作中のまさに中心人物である訳だが、すぐにその人物にフォーカスが当たるのではなく、外堀が埋められるように描写がなされていく。うまく言えないけど、とても良い。

2話目でいったん、別の登場人物のエピソードにフォーカスが当てられるのも、奥園の謎めいた印象を加速させるというか、一冊の構成としていい。

(もちろん2話目のエピソード単体でも楽しめると思うけど)

 

BL漫画はそんなに読んでいないのだけど、BL漫画はなんかおしゃれなものが多いという偏見を持っていて、この作品もそれに漏れない作品だと思う。

(いや、俺がBLを読もうとするとき、無意識にオシャレっぽいものを選ぼうとしてしまう傾向があるだけか? その可能性は高い。)

奥園と山代の過去編の、なんか貴族っぽい(?)高校の描写とか謎に良い。貴族っぽいのは奥園と山代だけかもしれませんが……。「私」が一人称の高校生よ……。

 

この作品で描かれる奥園と山代の関係は、一種歪んでいて、一種背徳的で、一種はた迷惑なものだ。ただ個人的には、こういう複雑というか、まさにパズルのような人間関係が大好きなので、この作品もその例に漏れず好きだった。

ややネタバレになるが、簡単に言えば、奥園は山代のものを奪うことに執心していて、恋人や配偶者でさえも奪おうとする。一方の山代は奥園から逃げ続けることで、彼の気持ちを引きつけ続けようとしている。他者を介したはた迷惑なパズルを奥園と山代は形成している。

奥園の設定として、「山代から奪った恋人を最終的に幸せにしているからタチが悪い」ということが語られていて、これは物語としてはちょっと誠実ではない設定語りな気がしなくもないけど、奥園というキャラクターを魅力的に演出する上では有効に機能しているのかもしれない。

注目すべきは、ここまで語った奥園と山代だけでなく、というよりむしろその2人を追う探偵こそが主人公っぽいところ。(群像劇なので、全員主人公っぽい感じもあるけど)

あと年齢にも触れてこなかったけど、奥園と山代は大学教授で、まぁそれなりの年齢なんですよね。それもポイント。

以下ネタバレ

犬も喰わない (バンブーコミックス 麗人セレクション)

 

歪んだ、背徳的な、はた迷惑な関係の終わりが、老化(病気)というのは、なんというかめちゃくちゃストンと落ちる展開で。

相手が死に瀕して、そんなことがあって初めて今まで話せなかったことが話せるようになる。時が解決する、という言葉があるけど、その一つがこれなのだろうか。

結局奥園と山代がくっつくのではなく、奥園と空木(奥園を想う探偵)が結ばれる?のも、なんか凄いストンと落ちる。そんなもんだよね、という感じが凄くある。

そこら辺の納得感と連続する形で、下のやりとりが結構好き。

「アンタ本当はお手付きが好きなだけなんじゃないっすか!!!」

「そうかも はは」 (p.158)

奥園と空木が、(山代から奪うためではなく)体を重ねるシーンでの台詞だけど、ここまで描いてきた作品の主題にもなっているような関係を茶化す感じというか、それがとてもいいんですよね。