小説:理想の旅

私にとって理想の旅というのは、きっと旅未満の何かだ。

通学中の電車で、学校に行きたくないなと思って、いつも降りる駅を乗り過ごす。しばらく電車の窓越しの風景を眺めて、よく知らない駅に「名前がいいな」というそんなきっかけで降り立つ。定期が使えないからちょっと面倒かもしれないけど、それでいい。

(電車通学だった時期なんて一度もない。)

降り立った駅からは、なんと海が見える。白い看板に、真っ黒いペンキに古ぼけた字で、さっきいいなとおもった名前がひらがなで書いてある。看板はひとつしかない。ちいさなちいさな駅だ。駅員さんがいるのは小屋みたいな立方体の駅舎で、待合室も兼ねている。椅子にはおばあちゃんの家で見かけるような手作りの敷物が敷いてあって、なんとなくほほえましい気持ちになる。「××駅来場記念ノート」みたいなよくわからない名前のノートが置いてあって、なかには子供の落書きや、出張に来たという大人の他愛もない報告が載っている。

ノートのページをめくっていくと、「学校をさぼって知らないここに来ました。どこか遠くに行きたくて」という記名をしていない誰かの報告が書いてある。

これは私だ、と思う。もちろん違う人で、でも誰かがまったく同じように同じことをしていて、そういうつながりにあたたかさを感じる。2年前の冬。字が下手な人が、走り書きをどうにかそれっぽく見せて、取り繕っているようなそんな字で。

そんな旅がしたい。