メモ:決意と不安定さと飛び石と (アニメやがて君になる6話によせて)

飛び石とは、石を飛び飛びに並べてつくった簡単な橋のようなものを指す。

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(画像はフリー素材です)

 

庭園の道も飛び石と呼ぶことがあるが、ここで注目するのは川を渡るための橋としての飛び石である。かなり主観的な話だが、川を横切る飛び石を渡ったり、そこでやりとりをするシーンは印象に残ることが多い。「たまこラブストーリー」や「月がきれい」なんかが好例だ。

アニメ「やがて君になる」6話においても、作中において大切なやりとりを行うシーンが、飛び石の上で行われていた。

 

川を横切る飛び石は、歩くに際してすこしだけ不安定な足場なのだと思う。

と同時に、こちら側とあちら側をつなぐものでもある。

人間と人間の関係を描くには、わかりやすい象徴になる。

 

そんなこんなで、「たまこラブストーリー」「月がきれい」という飛び石でのやりとりを扱った先行作品の内容に触れた上で、「やがて君になる」の飛び石シーンについて簡単に紹介してみたい。ちなみに引用の相場がよくわかってなくて本編の画像は一切ない。

各作品の内容には触れすぎないようにしますが、ある程度それまでの経緯を説明することになるのでネタバレを警戒する人は自衛してください。

やがて君になる」に関しては漫画2巻orアニメ6話までを履修していることが前提です。

たまこラブストーリー」については映画の中盤の内容ですが、「たまこまーけっと」を前提にした映画版になっています。「月がきれい」については最終話の内容になります。「やがて君になる」については、原作10話アニメ6話の内容になります。

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1.たまこラブストーリー

 たまこラブストーリーはおおまかにいって告白とその返事までの物語で、飛び石というロケーションはちょうど告白のシーンにあたる。主人公のたまこは将来について周囲と会話を交わす中で、まだ将来というものをうまく捉えられていない自分を実感する。

たまこは実家の餅屋をつぐつもりではあるがあまりちゃんと将来を考えているわけではない。一方たまこの幼馴染のもち蔵は東京の大学に進もうとしている。ゆえに、彼が伝えられていなかった好意を伝えることに決めた。

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(※飛び石のシーンは予告映像のサムネイルにもなっている。25秒あたりからすこし飛び石のシーンが映る)

そして告白のシーンだが、先に飛び石に踏み出すのがもち蔵、というのは示唆的かもしれない。でもそこより分かりやすいのは、もち蔵が告白の決意を固めてたまこの名前を呼んだとき、たまこはよろけてしまう。更に言えば、告白の言葉を聞いてすぐ、たまこは後ずさってバランスを崩し、川の中に落っこちてしまう。

たまこラブストーリーはしつこいほどにたまこの受け取れなさを描写していて、バトンをキャッチできないシーンなんかもそういう描写の一つだが、飛び石から落ちて川に沈むシーンはその最もたるところだと思う。

先ほど飛び石を不安定な道だと書いたが、進路というのは学生が最初に当たる不安定な道なのかもしれない。いつも通りではなく、何らかの選択を迫られる。試験に落ちれば志望校には行けないし、そもそもどういう進路を選べばいいか不安で、でも周りに合わせればいいというものでもない。そんな風にゆらめく時間の中で、今までの関係からもち蔵は踏み出そうとするが、たまこは不安定な飛び石から道を踏み外して落ちてしまう。

その先どうなるのかは作品を見ていない人は自分の目で見て確かめてほしい。

なんとなく、シーンで描かれている出来事と飛び石の重なりみたいなものが伝わっていればいいんだけど、うーん。

 

2.月がきれい第12話

月がきれい」は中学生の恋愛を丁寧に描いたアニメだ。 「月がきれい」の監督は「たまこラブストーリー」に背中を押されたと語っているので、多少なりとも影響を受けているのかもしれない。*1

小太郎と茜は交際中だが、中学を卒業し、高校に進学するにあたって色々と環境が変わることになる。そういう節目を控えた状態で2人で散歩がてら話しながら歩くシーンの中で、飛び石を渡るシーンが描かれる。

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(※予告映像の中で35秒ごろに一瞬飛び石が映る)

小太郎はぴょんぴょんと軽く飛び石を渡りきるのだが、茜は飛び石を渡り切る直前、川岸の直前で足を止め、自分の中の不安を吐き出し、ついには涙を流す。

このシーンでは不安定な道(≒進路やその先での二人の関係の危うさ)を簡単に飛び越えられる(つもりになっている)小太郎と、足を止めて不安が溢れてしまう茜が対比されているように見える。進路という道の前に不安になる茜と飛び石という不安定な道の上で不安が溢れだす茜が重なっていている。物語と情景が重なっている。ような気がする。

でも最終的に茜は川を渡り切る。その先どうなるのかは作品を見ていない人は自分の目で見て確かめてほしい。

 

3.やがて君になる「言葉は閉じ込めて」

たまこラブストーリー」と「月がきれい」ではどちらも進路というのがキーワードだったが、「やがて君になる」はまだ一年生と二年生でとりあえず進路の話はまだ遠そうだ。しかしながら「やがて君になる」でも不安定な状況は描かれており、それはほかでもない主人公小糸侑と七海燈子との関係の不安定さである。七海燈子を好きになりたい小糸侑と、自分のことを好きでない小糸侑にそばにいてほしい七海燈子。

河原に下りる過程で小糸侑は、七海燈子の過去にまつわる話を切り出す。そこで小糸侑は、過去に執着する七海燈子を止めようとする。この際、七海燈子だけが飛び石に足を踏み入れ、小糸侑の言葉を「死んでも言われたくない」と一蹴する。

小糸侑は七海燈子を追って飛び石に踏み出そうとするが、よろめき、踏み出すことができない。決意がないからだ。そして「わたしの言うことになら耳を貸してくれると思ってた 先輩はわたしから離れないって」と自分の傲慢さを自覚する。七海燈子は、一人でも進んでいこうとする。

 

この日このときまで、小糸侑は二人の関係においてどちらかといえば優位に立っていた。言い換えればまだ余裕があった。恋をしているのは七海燈子だし、小糸侑はその相手をしているだけだった。

だから七海燈子の決意をあなどっていて、安全圏から彼女のことを説得して、それで終わらせられると思っている。

小糸侑は飛び石に踏み出すことができず、川の前で取り残される。容易に近づけると思っていた七海燈子の心は思いのほか堅牢で、ただでは近づくことさえできず、七海燈子は一人で川の向こう岸に消えようとする。追いかけようとしても、よろめき、前に進めない。

 

小糸侑はこのときはじめて、七海燈子と一緒にいるための決意をする。自分の気持ちを押しつぶしてでも七海燈子のそばにいることを決意し、飛び石に一歩踏み出すことができる。

「弱い自分も完璧な自分も肯定されたくないくせに誰かと一緒にいたいんだ だからわたしなんでしょ?」(やがて君になる2巻 p.161)

七海燈子に対する一定の本心をさらけ出しながら、押し隠している本心を捨て去ることを決意して、覚悟を決めて、向こうとこちらをつなげる足場に踏み出す。自分だけが惚れられているという安全圏から、「好きにならない」という覚悟を決めて、不安定な足場へと踏み出す。

「先輩のこと 好きにならないよ」(やがて君になる2巻 p.162)

小糸侑のこの言葉を聞いて、七海燈子はようやく不安げな表情を小糸侑に見せる。七海燈子とて、一人になりたいわけではない。本当は不安で、一緒に欲しい。

そして小糸侑は、七海燈子が立つ石の一歩前まで近づいて、二人はある種の契約にも等しい関係性を形成することになる*2

 

4.おまけ

そんなわけで 各作品の飛び石のシーンをまとめてみたけど、ただまとめているだけになっているかもしれない。それでも不安定さとか決意とか人間関係とか、そこで描かれているものに何らか通じるものがあるような気がするので、アニメ読解力のある人は頑張ってほしい。

飛び石は古く歌に詠まれる題材にもなっている。飛び石のある、奈良の飛鳥川の石碑に刻まれた歌を以下に提示する。

明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも

(大意) あなたに対して遠くはなれた気持など持っていません

石橋(いわばし)とは、石を並べた橋のことであり、要するにこの記事で取り上げた飛び石のこと。飛び石を渡って会いに行きたいという気持ちを織り込みながら、飛び石のように飛び飛びの気持ちではないということを表現しているらしい。

そのほか明日香川の飛び石が題材になっている歌はいろいろあるようなので、興味がある方は川の写真とともに歌が紹介されている以下のページなんかが面白いかもしれない。

万葉集に詠まれた飛鳥川の『飛び石(石橋)』@明日香村 (by 奈良に住んでみました)

当時の「飛び石」が流されてしまったことで故郷の状況が変わってしまったことをあらわすなど、当然ながら飛び石を通じて描かれるものにもいろいろある。

 

また以下の論考では、「橋に寄せる恋」と題した節において次のようなことが描かれている。

CiNii 論文 -  橋の歌 : 『万葉集』を中心に

万葉集』によまれた橋の多くは、堅牢な建造物ではなく、かけはずしが簡単にできる仮橋であるという特徴がみられる。それは、「棚橋」「打橋」「玉橋」「舟橋」「継橋」などの用例が示すとおりである。

また川の浅瀬に飛石を並べた「石橋」や、筏や小舟を浮かべてその上に板を渡した「浮橋」も、ごく素朴な形態であり、恒久性に乏しいものである。(p.9)

ここでも石橋が取り上げられ、恒久性にとぼしく堅牢な建造物ではないという位置づけがなされている。また石橋だけに関する言及ではないが、以下のような記述もある。

橋はその本質において、通うもの、繋ぐものであると同時に、隔てるもの、途絶するものであるから、それが恋路に仮託されるのは自然の心理であろう。(p.10)

つなぐものでありながら途絶させるものであり、更に堅牢とは言えない橋を恋路と重ねるというのは面白い。

ただし、堅牢な建造物という感じはしないにせよ、現代の飛び石はある程度の恒久性がある経路だろう。単なる仮橋、ともすこし違う。そこにどういう意味を持たせるか、という点でも、変化があると考えてよさそうだ。また飛び石が出てくる漫画やアニメがあったらいろいろ考えてみたい。

そんなこんなで、おまけとして飛び石について軽くインターネットで調べてヒットしたものを紹介してみた。

 

正直、アニメとか映画の読解というものが私にはさっぱりわからなくて、何が保証されていれば「いい読み」で、何が保証されていないと「考えすぎの妄想」になるのかわかっていない。

飛び石だって、本当は、なんとなくロケーションとしていいから、ここぞというところで使われるだけなのかもしれない。

しかしながら、同じ飛び石が舞台になっているシーンを並べたら、ある程度何かが保証されるんじゃないかなぁとか思って、こんな記事を書いてみました。

(いくら例を並べても、結局読みの下手さは変わらない気もしますが……)

*1:参考 「『実写でやればいいじゃん!』と言われたい」!? 今期“最ムズキュン”アニメ『月がきれい』南健PDインタビュー|おたぽる

*2:原作では、この先にもう一度飛び石でのやりとりが描かれるシーンがある。そのシーンについては、各自読んでいろいろ考えてみてほしい