メモ:「借りてきたX」構文?(Vtuberを例に)
借りてきた猫は本来、「その日、太郎は借りてきた猫のようだった」のように、特定の人物が普段とは異なった形で非常におとなしくなっている状態を「借りてきた猫」にたとえて評する表現となっている。
しかしながら、「借りてきたX」のX部分に猫以外の生物を入れる表現をすこし前から目にする機会があったので紹介してみたい。
ただし、厳密な検証とかはしていない。ざっと見ただけ。
例1
すとろべあ…かわいいかんじにきまってよかった!!!!!🍓🐻✨✨✨
— 🍓宇志海いちご🍓@にじさんじ所属 (@ushimi_ichigo) April 15, 2018
またコラボしたい!!!またいっぱいおしゃべりしたい!!!今日はおしとやかいちごできたきがするからこれからもおしとやかなかりてきたウミウシでがんばるぞー!!!おー!!!\\\\٩( 'ω' )و ////🍓✨✨✨#すとろべあ
例2
借りてきたエルフの覚醒を見守ります!!
— 樋口楓🍁7日21時Abema (@HiguchiKaede) May 6, 2018
#えるちーライブ
ここで引用した2つのツイートはいずれも、キャラクターをまとってインターネット上で配信を行うVtuber*1のツイートである。例1の「かりてきたウミウシ」とはウミウシを元にデザインされた「宇志海いちご」というVtuberが配信中でいつもより大人しい様子をあらわしている*2。例2の「借りてきたエルフ」は、エルフという設定でデザインされた「エルフのえる」というVtuverの人見知りが激しい様子をあらわしている。ちなみに「見守る」という文脈からわかると思うが、ツイートしているのは本人ではない。
この用例は言葉遊びなのかもしれないが、一定の制約じみたものがあり、秩序のない表現というわけではない。例えば、「借りてきたX」のX部分に入るのは猫と同じレベルの種族の名前が多い*3。上の宇志海いちごさんのツイートは本人のものだが、第三者からの発言であっても「今日の配信は借りてきたいちごちゃんだったなー」と言うよりは、「今日の配信は借りてきたウミウシだったなー」が望ましい印象を受ける。ただし、ツイートを検索すると固有名をあてはめているデータも比較的少数ながら存在するので、厳密な制約ではなさそう。ただ、おそらく「借りてきたX」のX部分に入る典型例としては、あくまでキャラクターを想起させるような象徴的な生物が出現しやすい。そういう意味で、リアルの人間を指して気軽に使える表現ではないかもしれない。当然の話だが、たいていの人間には、その人を象徴するような生物は設定されていない。
上では引用しやすい例としてツイートをあげたが、私が知る限りのVtuber界隈における初出は以下の配信アーカイブにある。
この放送の1時間16分頃に、前述の2人と同じグループのVtuberである月ノ美兎さんが「借りてきたムカデ」というコメントを読み上げる。流れとしては、月ノ美兎さんがVtuber界における大物のミライアカリさんの雑な物真似をしていると、本人がコメント欄にあらわれて、月ノ美兎さんが恐縮していたところに「借りてきたムカデ」というコメントが来たという経緯になっている。
ムカデは当時の月ノ美兎さんを象徴する生物である*4ため、これも上の例とだいたい同じ形になっている。
ただし、Vtuberに固有に出現する表現ではない。タグが設定できる動画サイトであるニコニコ動画のタグにおいては、「借りてきたX」の形のタグに関して、「借りてきた猫」や「借りてきたムカデ」「借りてきたエルフ」を含めて8種類収集できた。「借りてきた鬼」が2010年の動画、「借りてきたゴリラ」が2014年や2015年の動画についていたりする*5。また固有名を出し、「借りてきた××」の形で固有名を表示するタグも2種類であるが確認した*6。ただし、動画サイトについてはさかのぼってタグをつけることが可能なので、タグがついた年代自体は明確にはわからない。
参照しやすいデータとして、Vtuberのツイート・配信アーカイブを参照したが、Vtuberファンによるツイートを検索すると、「借りてきたヴァンパイア」「借りてきたパンダ」「借りてきた狐」などさまざまな用例が確認できる。
上であげた月ノ美兎さんの例だと、彼女の設定である委員長という要素を取り上げて「借りてきた委員長」とするツイートもある。そういう意味で、X部分は、象徴する生物に限られるとも言えないかもしれない。ただし、「借りてきた美兎」は検索にひっかかる限りでは4ツイートと少なく、全体的には固有名は劣勢のように思われる。
(ほかにあげた例は少なくとも20ツイートほどは確認したが、ツイート検索はいろいろ危ういので丁寧に調べる気にはならなかった)
決してVtuberに限定的な表現ではないだろうが、一方で一般に普及した表現という感じもしないので、今後の動向が気になるところ。
*1:バーチャルYoutuber。絵やCG、キャラクターとしての設定を前提に活動をおこなうYoutuberのこと。
*2:宇志海いちごはデビュー当時暴言が多いキャラクターで親しまれていたため、「借りてきたウミウシ」だったその日はおしとやかに感じられた、という文脈
*3:用例の計量を行っているわけではないため、主観的な印象にすぎない
*4:清楚な委員長という設定にも拘わらずムカデ人間という映画を見ていたギャップからか、当時はサブカルクソムカデ呼ばわりされていた
*5:「借りてきたゴリラ」タグがついていた動画のうち4件は同一人物だったが、1件は無関係の別人の動画だった
*6:詳しくない方に関して言及して検索にひっかかるのがこわいので名前を伏せている