メモ:特別に対する距離感 (「やがて君になる」槙聖司についての覚え書き)

注意:やがて君になる」4巻までのネタバレあり

主人公小糸侑と、アニメ4話でちょうど出番のくる槙聖司くんについての、簡単な覚え書きです。特別がわからない主人公・小糸侑と同じ位置にいるようで少し違う槙聖司について、彼にとっての「特別」をすこしまとめた上で、適当なことを書いてみます。

ちなみにネタバレ前にAmazonリンクを挟むのは、ネタバレが目に入らないためのクッションのつもりでいつもやってます。

3話の感想は待って……。

アニメの4話までではなく、漫画の4巻までのネタバレです

 

 1.特別の内実

小糸侑と槙聖司は「恋愛感情だけがわからない」キャラクターとしては描写されていないという点で共通している。

だって初めて見た

侑が愚痴るくらいいっぱいいっぱいになってるなんて

おまえいつもどこか余裕ある感じだったから (やがて君になる4巻p.68)

ソフトボール部には私に誘われたからって感じで入っただろ?

それであんだけ頑張れるのが侑のすごいところだけど…

でもあれだけ頑張ったのに

勝っても負けてもおまえは一度も泣かなかった (やがて君になる4巻p.69)

これは、中学時代の部活仲間である菜月が小糸侑に対して下した評価である。いつでも平常心で、冷静で、いっぱいいっぱいになんてならない。勝っても負けても泣かない。小糸侑は恋に対して特別がわからないという人間ではなく、部活であってもやはり、特別がわからない人間だった。そういう風に描かれている。

これは槙聖司も同じだ。彼は、舞台を見るかのように人の恋を楽しむ人間であると語られているが、彼が傍観者を気取るのは恋愛に対してだけではない。

小学校のときはスポーツもやってたんだけど

どうも自分が活躍しようと努力するより

活躍する人のサポートをする方が性に合ってるみたいで (やがて君になる2巻p.18)

これは槙が生徒会に入った理由だが、彼が舞台に立とうとしないという方針は恋愛に限らず一貫している。

だから劇も自分が出るのはちょっと…

裏方なら喜んでやりますけど (やがて君になる2巻p.19)

生徒会劇の復活に対して、槙は舞台に立つことを拒絶している。この点でも、彼が単に恋愛のみを拒絶するというより、なんらかの舞台に立つことを拒んでいる人間だということが見て取れる。

 

2.特別に対するスタンス

深読みかもしれないが、二人の中学時代は好対照を為している。

槙聖司は中学時代で部活をやめ、舞台を下り、役者より観客側に立つことを決めた。

小糸侑は中学時代では部活をやり、一つの舞台に立ってはいたが、そこに特別な情熱を抱くことはできなかった。*1

実際、特別がわからないと言いながらもそれに憧れている小糸侑と、特別がわからないなりに他人の恋を楽しめてしまう槙聖司では特別に対するスタンスが違う。

どちらも「特別」に対してポジティブな反応を示している点が面白い。自分がそこに行きたいと思うのも、自分がそれを眺めていたいと思うのも、「特別がさっぱりわからないから興味がない」というスタンスとは異なる。

こういうところを見ていくと、純粋に「ただ特別がわからないだけ」という登場人物はこの作品には登場しない。憧れているにせよ、眺めていたいにせよ、そこには何らかの形で自分が関与したいという欲が見て取れる。

 

 

3.槙聖司が舞台に立つということ

4巻の時点で役を与えられているからには、槙聖司は舞台に立つことになる。率直なことを言ってしまえば、それについてわかりやすい描写があるわけではない。しかし、自分の「特別」に対するスタンスを、舞台に対する客席と表現する槙聖司が舞台に立つということについて、想いを馳せてほしい。

この作品において恋と「特別」はわかりやすさのためか、それとも意図的なものか、混同されている。それは恋と距離のある二人が、「特別」全般に対して距離を持っていることからも明らかだと思う。

しかしながら、その二つが本当に混同されるべきかはわからない。恋をしたからといって、自分が特別な舞台の上に立っていると考えない人も多いだろう。それは槙聖司にとっての比喩でしかない。誰かにとっては特別な舞台の上に立っていても、自分は人をサポートする存在だと考える人間もいるだろう。いろいろなものが混線していて、恋をしないということが含意しないはずのものまで含意してしまっている気がする。

恋の比喩ではないものとして舞台に立つ経験を経て、槙聖司は「やっぱり舞台の上に立つのは向いていない」と思うのかもしれない。それでもいいし、そうじゃなくてもいい。

しかしながら、槙聖司が舞台の上に立つということに何らかの意味を感じてしまうのは私だけだろうか。

 

4.雑記

それが批判されるべき点とも思わないけど、上に書いたように、「ただ恋愛だけがわからない」とか「特別とかどうでもいい」みたいな登場人物はこの作品に登場しない。

そういう意味で、小糸侑に自分を重ねて読んでいって、すこし裏切られた気持ちになる読者も少なからずいるんじゃないかと思う。それを踏まえると、槙聖司の立ち位置は大事なものだと思う。百合男子枠とか、そういうネタだけじゃなく。

ただし、やっぱり槙聖司だって恋を、舞台の上を眺めることを楽しめる人間だ。そういう意味では、「特別との距離の取り方」にはまだまだ形があって、今後いろいろな形でそういうものを描いていく作品が出てくると面白いなーと思う。

*1:小糸侑にとっての「特別」は第1話「私は星に届かない」第4話「まだ大気圏」というタイトルなどからもわかるように、星(との距離)で示されることが多い。その点で、彼女を表現する際に「舞台」という言葉を適用するのは適切ではないのかもしれない