日記:「南極料理人」

言い知れぬ幸福感に包み込まれる映画でした。

中盤、季節が冬になったあたりで次々と発狂していく隊員の様子にげらげら笑ったりもしたけど、基本的には、食事を手掛かりにしてどこまでも日常を描いていく作品だったと思う。

 

主人公の西村は南極観測隊員、調理担当。

でも、本当は別の同僚が行くはずで、本人は南極に行くなんてこと考えてすらいなくて、不服そう。観測隊員も奇妙奇天烈なメンバーばかり。

俺はこういう映画を見始めるとき、きまって「あと二時間俺はこれを本当に見続けることができるのか? 本当に?」という謎の警戒心を覚えてしまう人間なのですが、実際に見始めたら一瞬です。

でも総じて細部やこまごまとしたやりとりが面白い作品だったから、うまく感想が書けない……。

 

見てるほうも、最初は、「絶対こんな奴らと閉鎖環境で暮らしたくねー!」って思うと思うんですよね。変人ばっかだし。トイレすら丸見えだし。

せっかく伊勢海老があったのに、刺身とかにすればいいのに、隊員たちがエビフライが食べたいというからエビフライをつくったら「刺身だったな」と文句を言われたりする理不尽さだったり。(見てる側は笑えるシーンだけど)

でも、ある隊員の誕生日あたりから、少しずつ風向きが変わってくる。火力が足りなくてお祝い用の肉を焼けないから、外に出て肉に直接火をつけて焼いて、そんなことをしてるうちに楽しくなってきちゃって燃え盛る肉を持って走り回るシーンとか。冬が来る前に氷上で野球をするシーンとか。(しかも、白線の代わりにシロップをかためて球場をつくるあたりも楽しそう)

 

終盤にワンカットで、朝の食卓に人が集まってごはんを食べるまでの様子が長々と写される。そのシーンにたどり着くあたりには、終わっちゃうのかぁと本気で寂しくなっているはず。俺は寂しかった。ほかのシーンで描かれるのはあくまでエピソードなんだけど、このシーンは本当にただの日常の一風景を切り取っただけのシーンになっていて、それがものすごく愛おしい。

このシーンがなんで愛おしいのかといえば、確かに彼らのやりとりがほほえましいというのもあるのだけど、やっぱり細かい描写の積み重ね。細かい描写の積み重ねが凄くいいんだ。わかったか? 見なきゃ始まらないぞ。

このシーンで特に好きなのが、箸入れから堺雅人が箸を取り出す一瞬の描写です。たぶん長さとか色にばらつきのある箸をごちゃっと箸入れにいれてるから、揃えるまでにかちゃかちゃやって箸を探す描写がある。現実で、自分の立場でそういう状況に遭遇してもただうっとうしいだけなんだけど、映画というフィルターを通してみると「生活の生っぽさ」が途端に愛おしく感じるようになる。

同じ監督の「横道世乃介」も同じような性質の作品なので、感想を書けずに終わってしまったが、今回は頑張って書いてみた。

あ、髪を伸ばしっぱなしの堺雅人がとてもよかったです。

この先ネタバレ要素ありで箇条書き

 

南極料理人

南極料理人

 

 

 ・貼り紙がいい。「雪はあるが水はない」「水は命の源」とか。電話コーナーにある「1分740円。使いすぎは身の破滅」とか。

 

・それぞれがそれぞれに抱えているものが、ちらりと見えながらも、多くは語られないのがいい。恋人と別れた大学院生の話は結構わかりやすく見せてたけど、本さんと妻の関係とかは、電話とすこしの愚痴と帰国シーンだけで描かれている。

 あと、西村がからあげを食べて涙するシーン。あれも視聴者は主人公の回想を追っているから泣く理由がわかるけど、はたから見れば「胃にもたれる」くらいで泣くなよって感じで戸惑う。でも、説明しない。それでいい。

 お互いに多くを語らないからこそ、娘の歯を大切にしている話をする西村のくだりとか、歯が落ちてしまったときにそれをちゃんと覚えている本さんのくだりとか、そういう描写が生きてくるんだと思う。たぶん。

 この辺についてはこのブログの感想がわかりやすくて好きだ。

 『南極料理人』を観るつらさ :映画のブログ

 

・全体的にコメディとしてしっかり面白い。外し方が面白いタイプの笑いだと思う。深夜に真剣な顔で僕の体はラーメンでできているとかいう隊長の滑稽な感じとか。失恋を慰められている院生が、いいなと思っている『声だけ知ってる人』がいるとか言い出して、南極からの電話を日本につなぐオペレーターだったという展開だとか。しかも最終的に空港で待ってくれてるし……。

 

・娘からの電話のシーンもいいですよね。美味しいものを食べれば元気がでる。感づいていたのかもしれないけど、何も知らないままちゃんと伝えられている、というのがとてもいい。

 

沖田修一監督のシナリオ論?みたいなもの(映画『南極料理人』はこう生まれた/映画監督沖田修一さんに聞く | シナリオ・センター)も読んだけど、食事中に「おいしい」って言わないのはそんな意図が……。家族での食事の際には「おいしい」って言ったほうがいいんじゃないかとかは思うけど、まぁああいうメンバーで「おいしい」とかそういうことを言わないのはめちゃくちゃ納得感があるし、そこに共有された何かがあればちゃんと伝わるのかなと思う。おにぎり食べてるシーンとか食べ方がめっちゃ汚いけど美味しそうだし……。ラーメンを食べてるシーンも、直接「おいしい」とか言うことはないけど、みんながその時間を大事にしていることはちゃんと伝わってくる。「伸びちゃうよ」の連呼とか。オーロラよりラーメンにはさすがに絶句するけど。

 

・個人的には、体を張った笑いみたいなのに不安になっちゃうので、薄着でブリザードに飛び出す場面とかは笑いながらも不安になってしまって、そこだけは個人的に合わなかったかもしれない。

 

・オチ?がハンバーガーうまいで終わるのもいい。