日記:「真実の10メートル手前」

米澤穂信の短編集『真実の10メートル手前』が文庫化していたので読んでみた。

簡潔にまとめれば、よいミステリであり、よい社会派であり、よい連作短編集であり、そして何よりよいキャラクター小説だった。

米澤穂信の初期の長編『さよなら妖精』に登場する太刀洗万智がジャーナリストになり主役として据えられているこの小説は、彼女がわずかな手がかりから鮮やかに真相にたどり着く様子がミステリだし、そこで描かれる事件を通して彼女のジャーナリズムに対する姿勢が繰り返し問い直される点で社会派的である。扱われる事件も、殺人に限らず、経営難と失踪、心中、孤独死、避難と救出など多岐にわたる。繰り返し問い直される問題提起が少しずつ形を変え、短編集という一作にまとまったときに一個の傑作として立ち現れる点でよい連作短編集である。

しかし、私としては、独立した複数の短編が少しずつ太刀洗万智というキャラクターを描いていくその筆致こそを評価したい。彼女なりの信念を抱きながら、彼女なりに事件に向き合い、彼女なりに答えを出す。しかしながら、自分から進んで言い訳をすることはなく、人に問われて初めて、内側に持っている信念の断片を見せる。真相究明の手腕と無力が描かれる物語、冷静だった彼女が声を荒げる物語、たまたまうまくいった運がよかった物語、それぞれの短編が太刀洗万智にさまざまな方向からスポットライトを当てることで、彼女のキャラクターに深みがうまれ、そこに愛着がうまれる。

米澤穂信の作品は悲しい結末も多い。悲しい結末を看取るキャラクターたちがいてこそ、その結末がただの悪趣味や露悪にならず人間の胸に残るものとして刻まれるんだろうと思う。

ネタバレありの語りは今回はなしで。構図が巧妙なのは「正義漢」。ちょっとした手がかりから推理を重ねるミステリとして面白いのは「真実の10メートル手前」。個人的に一番好きなのは「名を刻む死」。

まだ文庫版の画像がないようなので、Amazonのリンクは単行本版です。

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前