日記:「花とアリス殺人事件」

岩井俊二の傑作「花とアリス」の前日譚。

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日記:「花とアリス」 - しゆろぐ

当時はあまり作品世界に浸れなかったけど、折にふれてこの作品について思い出すことがあり、そのたびに花とアリスが掬い取っている情景・イメージの強さに愕然とする。

花とアリス殺人事件は彼女たちが中学生だったころのお話。引きこもりだった少女・花をアリスが連れ出して友達になるまでの物語、と言えば美しい情景に見えるが、花とアリス同様に若い力の痛々しさもふんだんに描かれている作品だった。

あらすじ

転校生アリスは、クラスの人間に避けられていると感じる。新入りだからいじめられているのだろうか。話を聞いてみればいじめではない。何でも、結界をやぶってしまったからだという。1年前に起きた、しかしろくに詳細が知られていない殺人事件、ユダが4人のユダを裏切って、殺される。不穏でありながら、むしろキナ臭い言葉たちをきっかけに、アリスは殺人事件の謎に巻き込まれていく。

雑感

きっと、大したことのない話。それなのに「殺人事件」なんて仰々しい名前がついてしまうのは、大したことのないことを仰々しく捉えて、それに引きずられてしまう彼女たちにとっての世界の見え方を反映したものなんだと思う。

作中で大人を尾行するシーンがあるのだが、こういうシーンは苦手だ。やっちゃいけないことをやっているシーンを見ると、バレたらどうしようという気分になる。この作品はこういうシーンがすこぶる多い。そこも含めて、痛々しさなんだけど。「花とアリス」も嘘が鍵となっている作品で、そこらへんは苦手だった。

でもそういうところも含めてこの作品の魅力なんだと思う。電車で罰ゲームとして踊るシーンや、よくわからない儀式に参加するシーン、勝手に人の家に入るシーン、トラックで暖を取る危険極まりないシーン、そういう「あー」って感じのひとかけらひとかけらがこの作品を構成していて、魅力になっている。

音楽は相変わらずきれいで、(たぶんアレンジされてるけど)花とアリスで聞いた旋律に懐かしくなることもしばしば。休日の午後のカフェで流れていそうな音楽が、少女たちの情景をよりまぶしいものにする。

以下ネタバレ~~

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 アリスと花というキャラクターの造形がおもしろくて、快活で気が強くて綺麗なアリスと引っ込み思案で大人しい花みたいな安易な対立ではない。花はこの作品の開始時点ではひきこもっているし、アリスと比べたら明らかに陰っぽい感じがあるし、恋愛についても思い込みが激しいし、陰っちゃ陰なんだけど、行動力という点では花もアリスもあまり変わらない。むしろ花のほうが大胆なことをすることもある。

もっとこれは「花とアリス」の話かもしれない。この作品では、アリスがやってくるまで、花は何もできなかった。だから、花はアリスに連れ出されたことになる。でも蜂入れるあたり凄いよな……。これはこれで陰っぽい人のリアリティを掬い取っているのかもしれない。

 

花とアリス」は花とアリス二人のそれぞれの物語という側面があったように思うけど、この作品は、アリスを主人公に据えて花の物語を描いているような印象があった。アリスは確かにたくさん行動を起こすけど、巻き込まれたというか、自分の身に降りかかる火の粉を払っていただけという感じもある。

 

んー、自分の苦手だったシーンが多かったせいではあるんだけど、監督がどうして「花とアリス」の前日譚としてこの作品をつくったのかはよくわからなかった。

いや、つくりたければつくっていいし、いい作品だったと思う。

前作のときもそうだったけど、またしばらく経ったらなにか違うものが見えてくるだろうか。

いちばん好きだったシーンは、アリスが父のタクシーを追って走るシーン。役に立たないと語っていたものが思わず役に立ってしまう一場面です。