読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ミステリ読みになりたい:『毒入りチョコレート事件』感想

 なら読め。

 これは数年来のことだが、ミステリ読みになりたいと言いながらちっともミステリを読まない生活をしてきた。差し迫ったものがないと読まないのかもしれない、と思うから、「ミステリ読みになりたい」と題してシリーズものっぽくしてみた。

 ブログの記事としては以下の縛りを設けたい。

 

1.解決編を読む前に推理をして、文章を残す。

2.類題についても触れる。(毒入りチョコレート事件なら、毒殺のように)

 

 1.はあまりブログで見ない気がする。メリットがないからだ。華麗な推理をしても解決編を読んだ読者は知っていることだし、ひょっとすると解決編を読んだうえで書いたのかと邪推されかねない。他方、とんちんかんな推理は恥さらしだ。しかし、こういう縛りを設けなければ、必ず推理をせずに読み進めていくという自信がある。何も知らずにミステリを読めるのは一回きりなのだから、恥をかいてでも推理を楽しもうということだ。ただ間違った/足りない推理はそのまま載せようと思うが、万が一推理が完璧に正解した場合は、お蔵入りにしたほうがいいかもしれない。これは、おいおい考えていきたい。2.は、ネタバレのない部分にも、何か読むに堪えうる文章をのせておきたいというだけの話。

 

  ネタバレをする前にざっと全体の感想を言うと、事件がかなり冒頭で起きてくれるのが嬉しかった。舞台は秘密?の会合。参加者たちは現実に起こった事件をネタに、推理合戦で知恵比べをする。偶然被害者の手に渡ったチョコレートによる、数奇な毒殺事件の解決はいかに。

 じわじわと雰囲気を盛り上げつつついに被害者が!というのも楽しいんだけど、個人的には読み進めるのがおっくうになってしまう。ある事件をとりあげて、その推理をぶつけあうという展開は、早々に本題に入ってくれてうれしい。

 

 ミステリ読み未満のしゆが知っている毒物を扱った事件としては、古畑任三郎の2nd seasonの最終回である「ニューヨークでの出来事」、城平京の「名探偵に薔薇を」、などがある。「ニューヨークでの出来事」はたまたま夜行バスで古畑が隣り合った人物が語る事件を、古畑が解決してしまうという筋立てだ。一切回想シーンを使わない会話劇としての出来栄えは三谷幸喜らしいし、一種の安楽椅子探偵ものとしても楽しめる。

 「名探偵に薔薇を」は派手な大立ち回りを見せる痛快な推理劇である一部と、静かなパズルとなる二部で構成されている。二部におけるページをめくるたびに様相を変えてくる推理の様子は、推理合戦をおこなう本作に通ずるものがあるかもしれない。名探偵を扱った人間ドラマとしても出来がいい。この作品における探偵役たる瀬川みゆきは、一作しか登場しておらず難事件を数多く解決したイメージがあるわけでもないのだが、しかししゆが最も好きな探偵の一人と言える。

 

 以降、ネタバレ

 

 

 

 

 

推理編

 この作品が、ある段階で推理の可能なミステリーかはわからない。当初は順繰りになされる推理の最後に(地味な扱いを受けている)チタウィックが鮮やかに事件を解決するものだとばかり思っていたが、そこまでクールな存在でもないかもしれない。どちらかというと、徐々に秘密が明かされていく展開なのかもしれない、と思った。だから今回は、主人公なのかはわからないが、他とはすこし違った一人称視点に近いロジャー・シェリンガムの推理が始まる直前で推理をおこなってみた。

 まず、小説を書く人間だから、メタ的な推理をしてみる。例えば、登場人物表に犯人がいるに決まっているとか、あと、製菓会社の印刷紙は読者視点の手がかりにはなり得ないとか。あれは実際に調査ができる登場人物にのみ許された解決法であって、読者は何もできない。現時点で製菓会社とつながりが見えない人物にも、今後つながりが見えてくるかもしれない。ある友達が偶然置いていった紙がそうだったとか。郵送時間のアリバイは、そこそこの手がかりになるかもしれないが、決め手には欠ける。トリックに使われた部分ではないだろうな、という感じがする。例えば代役に郵送させたにしても、郵送時間がごまかされているにしても、あまり面白くない。そもそも、郵送で他人を毒殺しようとするときにトリックを弄するだろうか。証拠探しのゲーム、と考えたほうがいいのか。しかし読者のなかで反証のできない筋書きを描くことができても、その証拠ははっきり言ってなさそうに見える。

 ありそうなどんでん返しといえば、間違って殺されたはずの被害者が意図して殺されたという展開だ。ほかには、推理ごっこをしていたつもりの参加者が事件に大きくかかわっているというものもあるが、これは二人目の推理で終わっている。だから、被害者が実は本当に殺したい相手だったという、こっちの路線でいきたい。

 ちなみに、こういう面白さを重視した推理は得てして外れるものだ(推理と呼んでいいのか、ダメだ!)。火サスならともかく。こんなメタ読みで解けるものばかりでは、推理小説に未来はない。推理ものをうたっておきながら読める展開ほどつまらないものはないからだ。素人に思いつく面白そうな展開など、面白くない展開と言っているに等しい。

 しかしこう考えると、簡単だ。犯人はベンティックス夫人の夫たるベンティックスである。彼はもともとチョコレートで妻を毒殺しようとしており、偶然もらったチョコレートをすり替えた。これでどうだろう? 観劇をしていたというアリバイは、そもそも嘘だったのだ。賭けもなかった。すると、ユーステスへのチョコレートの贈り物は単なるいたずらであり、毒殺を意図したものではなかったことになるので、筋はよくない。また、事件のなかでチョコレートのすりかえが偶然だったというのなら、本来の殺人計画を指摘する必要がでてくる。そもそも動機はなんだったと言うのか。問題は山積みだ。

 動機については、どんな推理をしようと、物語の外側にいる読者にわかる動機など提示されていないだろう、ということで逃げたい。次に本来の殺人計画については、計画中だった、ということにする。毒入りチョコレートだけは用意していたが、それをどのように食べさせるかは決まっていなかった。ひょっとしたら、試供品のふりをして郵送するという計画もあったかもしれない。しかし一つだけ決まっていたことがあって、それは致死量の毒を一個のチョコレートには入れず、数個分に分けること。そして、自分も致死量未満の毒を摂取すること。これによって疑いの目をそらすというのが、ベンティックスの本来の殺人計画だった。このトリックの出来がいいと言えるかはともかく、つくりかけの犯人の計画としては問題ないだろう。いちばん厄介なのは、実際にクラブに贈られたチョコレートだ。これに対して、いくらでも説明はつけられるが、どれも納得いくものにはならないだろう。

 傷はあるだろうが、こんなところか。 証拠はない。

 

 

 

負け惜しみ編

 正解か不正解かで言えば大外れ。しかもこれを推理した直後に披露されるシェリンガムの誤答の劣化版だ。ペンディックスがユーステスに毒のないチョコレートを贈り、すり替えればよかったという単純なことがわからなかった。しかしユーステスに贈ったチョコレートを偶然受け取る、ということを計画していたというのはどうだろう。ただ後に否定されるとは言え、小さな嘘から被害者側の人物に犯人性を見出すという推理の進め方は見事で、全然思いつかなかった。というか、メタ読みをしてしまった時点で、たとえ正しい推理ができても負けとしか言えない。

 にしたって、「推理が可能ではないかもしれない」という直感は正しかったわけだ。チタウィックの推理は描かれ方こそ真実にたどり着いていそうだが、決定的な証拠には欠けている。この直感は褒めてくれてもいい。解決1・解決2・解決3のあいだに証拠品や証言の追加がさんざんなされた時点で気づいて当たり前だろうという意見にはまったく反論できないけど。

 多重解決ものであり、ミステリそのものに迫る(ある種のアンチミステリともいえる)内容だった。ただシェリンガムの推理が終わった時点で、警察の見解が最も正しい展開に収束するものかと思ったが、そんなこともなく真犯人を指摘しまう点が何とも言えない喜劇としての味わいを演出する。アンチミステリ的でありながら、真実に迫ろうとする試みをあざ笑うでもなく、かといってほめたたえるわけでもない、そういう面にストーリーテラーとしてのバランスのよさを感じる。

 パズル的なミステリに疑問を投げかけている本作で、パズルごっこをやってしまったのは皮肉だが、全体としては面白かった。これからも定期的にミステリを読んでいきたい。